その人が何を一番大事にしているかに敏感でありたい

――そんな施設、なかなかないですよね。

小堀 施設長がだいぶ優しかったんですよ。介護者がみんなそんなことをやってたら生活が成り立たないけれど、基本的にそういう気持ちを大切にしています。

――「人と関わりなさい」と、一緒に働くスタッフたちによく伝えているそうですね。

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小堀 それは、もともと堀ノ内病院副院長の堀越洋一君が言った言葉なんですよ。排便が何回あったとか、食事をどのくらい食べたかとか、熱が何度だとか……そういう生活の話だけじゃなく、その人の人生についても考えなさいということ。

 僕は自分で好きなことをやってるだけだからあまり教訓めいたことは言わないけれど、人と関わりなさいということは、その人が何を一番大事にしているかに敏感であることだと思っています。

――先生の患者さんへの寄り添い方にはすごく優しさを感じますが、それはどこから来ているのでしょう。

小堀氏

小堀 やっぱり在宅医療の先達者、黒岩卓夫医師の考え方を通して、優しさとは何かを熟慮したことが大きかったですね。

 じつは彼は、かつて東北地方の盲目の女性旅芸人である瞽女(ごぜ)たちが村々を巡業するなか、宿で若い農婦の悩みに黙って耳を傾けていた風習についてふれています。これは日本社会の底辺に暮らす者たちの、心からのコミュニケーションと言えます。ある意味、死にゆく人もそうですよね。それが在宅訪問ケアの核心ではないかと、黒岩医師は講演会でも語っていました。

 彼と喋ってるうちに、人間の優しさや和解というものについて、深く考えましたね。

森鷗外にも通じる弱き者への優しさ

――弱き者への優しい眼差しは、森鷗外の作品にも感じる要素だと感じました。

小堀 祖父から受け継いだ優しさとでもいうべき気質は、自分のなかにも確かに生きていると感じます。鷗外は、あの頃の明治時代の男性としては非常に稀なことに、虐げられている女性、例えば樋口一葉のような能力のある女性をバックアップする一面があって、鷗外の本質的な特徴だと思う。

 別に優しさが遺伝したわけではないと思いますが、僕が中学のとき学園の遠足で川にいったときのこと――クラスのなかの知的障害を抱えた女の子が、ボートにのっている最中にオールを固定する鉄の輪を川に落としてしまった。他の生徒が「弁償だ、弁償だ」と囃し立てるなか、ためらうことなく川へ飛び込んで、沈んだ輪を探して彼女に手渡したことがあります。たわいもない話ですが、社会的弱者に対する自然な眼差しが子どもの頃からあったように思います。

――それは、医師としてのあり方にも、鷗外の精神が脈々と引き継がれているように感じます。

小堀 それは研究者が判断することで、自分じゃあまりわからないです(笑)。ただ、今回の本も、老いや死の問題を前にして弱っている人たちにこそ届いてほしいと願っています。

 つい最近あるナースから聞いて知ったんだけど、95歳まで元気で娘さんと一緒にいろんなところを旅行していた女性が、気がついたら病気が進んでいた。でもどうしても病院には入りたくないというので、知人から僕の本を渡されたそうです。彼女が亡くなったあとに、その本を見せてもらったら、もう全ページぎっしり線を引きながら読んだ跡がありました。僕の本が死を前にした彼女にとって支えになっていたんです。

 それを知ったとき、僕はこういう人のために今の仕事を続けているんだと改めて確信しました。これが原動力なんです。いまは何でもかんでもコスパと言われるけれど、たった一人の救いになればそれでいいじゃないか――。そんな思いで、この本を上梓しました。

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