作家の宇野千代をモデルにした主人公が登場するNHK朝ドラ『ブラッサム』では、赤裸々な恋愛模様が話題を呼んでいる。宇野千代の葬儀では、瀬戸内寂聴が弔辞を読み上げた。そのさい、宇野千代と親密な関係にあった男性が次々に明かされたという。当時について、作家の下重暁子さんが振り返った。

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 瀬戸内寂聴99歳。宇野千代98歳。最後に書いたのが、「残された日々」と「生きて行く私」。宇野さんのほうがのどかな感じがする。

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宇野千代と、その“最後”の夫・北原武夫 ©文藝春秋

 寂聴さんは、残された日々をどう過ごすかを真剣に考えて平和運動に、困っている人、悩んでいる人、自分を必要としている人達のために何かをしたい、しなければならないと、法話を続け、愛の大切さについて語っている。私も代々木公園での集会で寂聴さんの演説を直接聞いている。

 お二人の資質の違いといえばそれまでだが、宇野千代さんが亡くなった時の葬儀の席の弔辞で、私はそれを確認することになる。

瀬戸内寂聴 ©文藝春秋

弔辞で明かした「やりました」

 1996年6月29日。

 宇野千代さんの通夜・密葬は桐ヶ谷斎場、葬儀・お別れの会は青山斎場で執り行われた。私は長年秘書をつとめていた藤江さんから、ぜひ葬儀の席に座って欲しいと言われ、その言に従った。正面に宇野千代さんの大きな写真が飾られ、祭壇の両側には宇野さんデザインの豪華な桜の振袖が飾られていた。その演出は宇野さんの若い友人、京都の龍村美術織物の息子でNHKのプロデューサーをやめて映画監督として独立した龍村仁さんがつとめていた。

宇野千代の書斎兼寝室 ©文藝春秋

 弔辞を読むために法衣姿の寂聴さんがマイクの前に立った。

「宇野千代先生 お通夜に拝んだお顔はまるで観音様のように美しく崇高で、しかもこよなくはなやかでいらっしゃいました。望ましい死顔で死にたいとおっしゃっていられたように、最后の最後まで、先生はご自分の願いのすべてを果たされて逝かれました」

 と始まり、やがて宇野さんとのエピソードが語られた。

 宇野さんと寂聴さんが対談をした中で、「何でもお聞きなさい」と言われて、それまで噂のあった男性のことを名前をあげて聞いたことがある。