「尾崎士郎さんとは?」
「やりました」
「北原武夫さんは?」
「やりました」
「東郷青児さん?」
「やりました」
あと数人の名が上がっただろうか。ためらうことなく率直な答えが戻ってきたという。
私は仰天した。
宇野千代さんの答えは、いかにも宇野さんらしく単刀直入、それでいて見事に真実を語っている。
そして、それを弔辞として目の前で語る瀬戸内寂聴さん! それは感動に近かった。
なぜならそのエピソードがいちばん作家・宇野千代の人間性を表わしていたからだ。
それを語る寂聴さん自身もなんと正直で率直な!
「ねたッ」
今回、この原稿を書くにあたって、あの日の弔辞が活字として残っていないかどうか探してみた。私の探した限りでは発見できなかったが、私の耳があの日確かに聞いたことと、その時の感動は確かである。
のちに寂聴さんの弔辞として活字になったものには、そのエピソードは無かった。気を遣って省かれたのか? そのかわりに「宇野千代さん95歳の仰天人生」という記事が『わたしの宇野千代』(中央公論社)に収録されているのを発見した。
東京・日本橋高島屋の「宇野千代展」での講演(1992年4月2日)に、似た話がある。そこには寂聴さんが宇野さんに一人一人男性の名をあげて聞いたことが記されている。
ただしここでは「やりました」ではなく、宇野さんの言葉は「ねたッ」になっていて、より直截である。
私には真似ができないが、なんと清々しい会話だろう。寂聴さんが感激し、正直に宇野さんという人間を弔辞で伝えたいその思いが伝わってきた。
※約4800字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(下重暁子「寂聴と晴美(下) 男はいけにえ」)。
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