梶井基次郎と宇野千代が初めて出会ったのは、昭和2年の夏、伊豆の温泉地・湯ヶ島だった。
基次郎26歳、千代29歳。無骨な無名の文学青年と、文壇注目の美貌の新進作家。いかにも不釣り合いに思えるが、2人は急速に接近し、半年後には千代の夫・尾崎士郎と基次郎が決闘まがいのひと悶着を起こす、という事態に発展している。一体、何が起きたのか。
数年前、新聞で大阪ゆかりの作家の連載をし、梶井基次郎を取り上げた時、もっとも興味を引かれたのはその点だった。昭和の文学史に確かな足跡を残した2人だから、詳細な年譜と数多くの証言が残されている。
成り行きは以下のようなものだ。東京帝大生だった基次郎は、持病の結核を悪化させ湯ヶ島に転地療養にきていた。尊敬する川端康成がいたからで、川端が逗留する湯本館を頻繁に訪ね、出入りする文士たちと知り合った。宇野千代もその一人。
千代は基次郎について「無口のこわい人のようでいて、笑うと眼が糸のように細くなる感じが、とても柔和」と感じ、「私たちは淋しさも手伝ってすぐ仲よくなり」(『梶井さんの思い出』)と書いている。
当時、千代と尾崎との夫婦仲は冷え込んでおり、千代は夫が東京に帰ってからも独り宿に残っていたのだった。その人妻のもとを基次郎は頻繁に訪れる。人目も気にせず、夜遅くまで話し込む。千代の方も、基次郎の宿をたずねていく。
原稿の書き崩しが散乱する殺風景な部屋で、千代は珍しいものを目にする。フランスの有名な香水瓶。
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source : 文藝春秋 2023年7月号