国語辞典編纂者の飯間浩明さんが“日本語のフシギ”を解き明かしていくコラムです
沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前。〈新基地断念まで座り込み抗議 不屈3011日〉という看板の場所に誰もいなかったとして、抗議日数の表示を〈0日にした方がよくない?〉とツイッターに投稿したのは、インフルエンサーの西村博之さんでした。10月3日のことです。
これに対し、「座り込みは工事車両が来る時間帯に行っている」との反論がありました。西村さんは、「座り込み」は〈その場に座り込んで動かないこと〉であり、〈知らない間に辞書の意味変わりました?〉と、この行動は「座り込み」でないとの考えを示しました。
ネット上ではたちまち、この行動が「座り込み」かどうかという議論が起こりました。議論では、辞書の記述が「定義」として参照されました。基地移設の可否や、抗議行動の方法を論じないで、この行動が「座り込み」か否かだけを論じるのは本質的でないとの意見もありましたが、議論は過熱しました。
辞書を作っている私は、辞書を基にしたこのような議論には違和感を持ちました。なぜなら、辞書はことばを「定義」しないからです。こう言うと不審に思われそうですが、法律の条文が物事を定義するのとは違って、辞書は物事の意味を規定するわけではありません。物事を観察した結果、「おおむねこう捉えられる」と「説明」するものです。
ためしに辞書で「座り込む」を引いてみましょう。〈目的をとげるために、一か所に長い間〈すわる/すわって談判する〉〉と簡潔に書くものもあれば、〈広義では〔略〕要求貫徹までその場所に座り込むことを指す〉と徹底した行動に言及するものもあります。説明のしかたの違いは、この行動をどう捉えるかに幅がありうることを示しています。
辞書の記述は現実の反映です。飲み物の「茶」の説明は、昔は〈茶の葉に湯をさして飲む飲み物〉などと書いていましたが、麦茶や梅茶やグアバ茶、さらにはアジの骨茶もあります。辞書はそれらを「定義に合わない」と拒むことはしません。全部を含めた説明を考えて記述するだけです。「ことばが先で、辞書が後」であり、その逆ではありません。
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