
経済学者・成田悠輔氏がゲストと「聞かれちゃいけない話」をする新連載。第10回目のゲストは、椎名林檎さんです。(全3回の後編/前編・中編を読む)
■成田悠輔の聞かれちゃいけない話
第6回 冨永愛 日本のファッションは、このままでは駄目ですか?
第7回 室伏広治 日本人選手が強くなると「ルール変更」の噂、ありますよね?
第8回 野村万作 600年後の狂言、どうなっていると思います?
第9回 仲里依紗 主役ってできればやりたくない。みんな“いい人”だから
第10回 椎名林檎 ラブソングを書くのが苦手。くだらないって思ってました
しいな りんご 作曲家/演出家
1978年生まれ。福岡市出身。1998年にシングル「幸福論」でデビュー。バンド『東京事変』も率いる。自作自演はもとより、他の歌い手や、映画・舞台・テレビ・CMなどへの楽曲提供も精力的に行っている。2009年に芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。2016年にはリオオリンピック・パラリンピック閉会式で東京への引き継ぎセレモニーの演出・音楽監督を務め、国内外から高い評価を得た。2026年、新作アルバム『禁じ手』を3月11日にリリース予定。3月17日よりライブツアー「椎名林檎 党大会 令和八年列島巡回」を開催予定。
局所的にしか通じなくなっても、一生物になるなら本望
成田 もうひとつ気になったのが、さっきご自分は「洋楽の人間だ」とおっしゃいましたよね。
椎名 ああ、それは邦楽というか、笙とか龍笛とかそういう日本の雅楽に対してフルートやオーボエの洋楽という意味でした。
成田 あぁなるほど。一方で日本語で歌詞を書かれて、日本語の起源に遡っていく面もおありじゃないですか。
椎名 確かに。
成田 日本の場所や地名もたくさん。〈蝉の声を聞く度に 目に浮かぶ九十九里浜〉(「歌舞伎町の女王」)みたいに地名や道路名を使われますよね。もし自己分析されるとしたら、それはなぜだと思いますか?
椎名 若い頃は本当に思いつきと勢いだったから。何の吟味もしないで、メロディにはまりがいいものをパッと作ってパッと出しちゃっていたから、分からないけど。
さっきの話と似てるのかな。直さなくていいと思ったんじゃないですか。もし他のディレクターさんだったら「もうちょっと間口広くしたいから、九十九里浜はちょっと」とか「歌舞伎町より、もうちょっとおしゃれな街がよくない?」みたいに言う人もいたかもしれない。ただ、うちの現場は常に間口の広さより、密度の濃さを重んじて来ている。思い切りドメスティックで、局所的にしか通じなくなっても、お渡しできるお土産がそのときのお客さんにとって一生物になるなら、本望とする。
成田 場所や土地の具体的な臭いや癖が付くデメリットもあるのに、それを切らずに残されてきた印象があって。
椎名 うん。だから、それを怖がらなかったディレクターの、おかげさまなのか、せいなのか。じゃないですかね。でも、みんな、最初は勢いにまかせて自由に書いてるんじゃないですか。それを直されなかっただけという気もします。本当に初期の歌詞だし。
成田 歌舞伎町や九十九里浜、丸の内みたいな手触りがあって歩いて回れる場所を超えて、「東京」や「日本」「日出処」という場所、というより記号や象徴もデフォルメされて表れますよね。あれは何なんだろう、と。椎名さんにとってこの国はどんな意味を持っているんだろうと前から気になってて。
椎名 そういうふうに見えてらっしゃるんですね。たとえば10代の頃、留学したりして外から日本を見て、はっきりと日本人としての自分みたいなアイデンティティを客観視するじゃないですか。どんなに若くても、若いなりに。ドイツとかイギリスとかで、そういうきっかけが何回かあって。自分の中に抗いようもなく、ルーツになっているであろうもの。そのまた根っこになにがあるか。掘っても掘っても生きているうちに掘り切れないんだろうなと、事あるたびに感じてきたんですよね。だから海外での活動の誘いをいただいても、「いやー、もうちょっと母国語で限界まで作ってみたいな」と思ったりとか。今思うともったいなかったんですけど。やっぱりそちら(日本)に向かわせる出来事がその都度あったんですよね。……成田先生は、私たちよりだいぶお若いんですもんね。
成田 ちょっとだけ。
椎名 だいぶ。
成田 誤差ですよ(笑)。
椎名 ずっと日本は景気が悪かった印象ですもんね。
成田 ですね。でも僕の世代は豊かだった日本を憶えてる最後の世代かもですね。
椎名 ああ、覚えてらっしゃいます? ジブリ映画がバンバンバンバンって毎回大ヒットしてて、エンタメ界が華やかで。ファミリーコンピュータ、スーパーマリオ、と思いきや、ゲームボーイ、みたいな。私たちの小っちゃい頃は、目くるめく娯楽の華やいだ時代だったのですよ。
で、そういう最新のガジェットもありながらのアート大国なんだけど、やっぱりもとをただせば盆栽、陶芸、建築、まあ職人の国だなとか、禅の国だなみたいなことが、大人になってみると紐づけられるというか。
成田 マリオの画面が横ずれしていくのも屏風絵ですしね。
椎名 そうそう。琳派みたいな。そういう意味では、日本人が作ったってもろ分かってしまうような音像を、敢えて外国の楽器を使ってやりたい、という野心はもちろん常にあります。
例えばショパンはじめピアノコンクールでは、毎度日本人プレーヤーが評価されるじゃないですか。ジャズもそう。だから私たちはインストだけじゃなくて歌詞も使えるし、舞踊しかり、映像でも表現できるから、もっと露骨に遊べるんじゃないかな。自分が楽しめるとしたらその部分だな、と思ってました。

これでも言われちゃうのか、って静かに溜め息を漏らした
成田 さらに「NIPPON」(2014)という曲も。そのものずばり日本や日の丸を掲げるのは勇気がいることだったんじゃないでしょうか。
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