脳梗塞からの復活と、変わらぬ若手起用の感覚
当初、角川は『星の教室』を自ら監督する予定で、シナリオも完成していた。だが2025年8月に脳梗塞で倒れ、監督を中川龍太郎に託し、自らは総監督に回った。その後、150日間のリハビリを経て奇跡の復活を遂げている。
「中川君の存在を知ったのは、『わたしは光をにぎっている』(19年)という、松本穂香が主演した映画を観たことがきっかけです。この映画に感心しましてね。だからこそ、もったいないとも思っていた。映画というものは、作る以上は動員100万人はクリアすることが最低目標だと私は思っているから。
そこで蕎麦屋で食事をする機会を設けて、直接中川君に言いました。『君の映画は単館ロードショーを考えた映画作りだ。これからはもっとメジャーを相手にした映画を作るときだ』と。今回、それが実現したんです。
時を経て、私が脳梗塞で倒れた時、この映画を中止にしたくなかった。私が夜間中学で感銘を受けたいくつもの事柄を映画にしてくれるなら、自分以外が監督しても構わない。だけど、私の持っている世界をまったく知らない人ではなく、受け入れてくれる人と仕事をしたい。そう考えているうちに、中川君を思いついたわけです」
それは角川映画の時代から、角川春樹が熱心に取り組んできたことだ。プロデューサーとしての感覚と実力が、ここでも発揮された。
「根岸(吉太郎)や井筒(和幸)、崔洋一もそうです。彼らはそれまで1本もメジャー作品を作っていなかったけど、私はあのころから、この演出家だったらこのメジャー作品が撮れるだろうという考えがありました」
若手の才能を見抜く目はプロデューサーに欠かせないが、それを持つ人は今では少なくなった。角川はこう嘆く。
「映画業界自体に、冒険をするという意識がなくなっていると思いますね」

