無視されたくないという衝動が文章を書く原動力

渡辺 セネガルというルーツは、伊藤さんのアイデンティティの大きい部分ではないかと思うのですが、真正面からエッセイに描かれることは意外と無い印象です。もちろん要所要所で出てくるのですが、テーマとしてど真ん中に据えるのではなく、間接的に扱われている。自覚的にそうされているのでしょうか?

渡辺祐真さん ©佐藤亘/文藝春秋

伊藤 結構自覚的にやっていると思います。だって、大多数の読者は当事者ではないのだから、読んでも退屈じゃないですか(笑)。自分の意地もあり、そこに頼ったものをあまり書きたくないという思いがあります。生まれ持った他人との違いだけを軸にして勝負していくのは、自分の中ではどこかズルをしているような気持ちになるんです。それに「ハーフ」という属性を真ん中に置いて書くと、同じ属性の人たちが集まってきて、かえってその界隈ごと孤立してしまう気がして。

 子どもの頃は、テレビに出てくるアフリカ系外国人の方のサンプルがボビー・オロゴンさんくらいしかいなかったので、学校で「ボビーの娘」と言われたりして。途中から歌やダンスが上手いアーティストの方々が出てきたりもしましたが、私は踊りは得意じゃないし、運動も嫌いだし、性格は暗い。「静かで暗いハーフ」という私のような存在が、世間から完全に無視されている、ないことにされていると感じたんですよね。だから、みんながテレビで見るような分かりやすい人たちばかりではなくて、「ここにこういう人間がいるんだ」ということを分かってほしい、無視されたくないという衝動が文章を書く一番の原動力だったと思います。

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伊藤亜和さん ©佐藤亘/文藝春秋

渡辺 なるほど。ラベルや属性に回収されず、「伊藤亜和」という個人の言葉や思考を見てほしいという闘いだったわけですね。

伊藤 そうですね。何かのラベルを貼られたり、特定のカテゴリに回収されたりすることを極端に避けてきた感覚はあります。モデルのオーディションでも「黒人系の元気なキャラクター」を求められて、私みたいな人間は求められていないと惨めな思いをしたことがあって。だからこそ、自分の言葉や経験、考え方そのもので勝負したいと思って書き続けてきました。