10月22日、漫画家のちばてつや氏が87歳で死去した。ちば氏の漫画家としての作風は、母の教育の影響も大きかったという。ちば氏が母の思い出を語った原稿を一部を紹介します。
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とにかく厳しい人でした。
そして「漫画」が大嫌いで、我が家には童話や世界文学全集など図書館みたいにどっさり揃っていたのにマンガ本は1冊もありませんでした。食べるとベロが染料で真っ赤に染まる、昔の駄菓子に近い感覚で見ていたのだと思います。子供たちは大好きで夢中になって欲しがるけど、身体には良くなさそうだと。
小学校に通い始めた2年生の秋。杉浦茂さんの「魔法のランプ」の豆本を道でたまたま拾って読んだときは、本当に衝撃でした。ページを開くと異国の魅力的な情景の中で登場人物たちが本当に生き生きと躍動していました。気がつけば家に帰るのも忘れ、最後まで一息に読み終わっていました。急いで帰宅し「この本、とっても面白いんだよ!」と母親に見せたのがいけなかった。一瞥するなりバリッ!と破り支度中の夕餉のかまどに焼べられてしまいました。
「マンガはダメーッ!」
あれは本当にがっかりしたなあ。
私が漫画家としてデビューしてからは漫画を描くことを渋々認めてくれましたが、少しでも母の審査に引っ掛かると「てつや!」と呼び出されて正座させられたものです。「これは成人誌の漫画なんだからこういう色っぽいシーンも必要なんだよ」と訴えても許されませんでしたね。だから私の漫画の表現の幅は間違いなく狭められたと思います。
その厳しい検閲官が他界したのち、何度か大人向けの漫画を、とチャレンジしてみましたが、もう厳しい母の眼が深く刷り込まれていて、筆がすくんで描けませんでした。それが良かったのか悪かったのか……。自分では判断ができませんが漫画家としてはある意味大きな限界ではあったと思います。
※約1000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』に掲載されています(ちばてつや「母のこと」)。
