7月に「漫画のアカデミー賞」と呼ばれる米アイズナー賞で「殿堂入り」を果たした漫画家の伊藤潤二氏(61)。独自のホラー漫画で世界的な評価を得る伊藤氏は、「楳図かずお先生の漫画で人格が形成された」と語る。
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楳図かずおでなければ描けない作品
ホラー漫画は幽霊や化け物を出して怖がらせるのが普通ですが、「一番怖いのは人間の心だ」と最初に訴えたのが、楳図先生のすごさです。
不老不死で不思議な能力を持つ美少女が主人公の『おろち』は人間の心の闇を扱った深い内容なので、小学校低学年で読んだときはよくわからず、成長してから理解できるようになりました。ストーリーが緻密でドラマ性が高く、なぜ女性の心理がここまでわかるのかと唸らされます。
荒廃した未来に小学校ごと飛ばされる『漂流教室』は子供たちが生き残るために殺し合うなど、漫画のタブーを破るような、楳図先生でなければ描けない作品です。グロテスクな怪物の造形も斬新でした。
『蝶の墓』は、異様なほど蝶を恐れる少女が心理的に追い詰められていくサスペンス。絵も、あの時代の楳図先生の頂点を極めた、非常に芸術性の高い画面です。床の模様や壁紙の柄まで緻密に描かれているし、暗闇は黒く輝いているし、手を抜いたコマがありません。
おそらく私が生まれて初めて読んだ漫画は、姉から借りた『ミイラ先生』です。ミイラが蘇って、ミッションスクールで女生徒を襲う。そのシチュエーションだけで魅力的です。まだ保育園に通っていた頃ですが、美少女がミイラ先生にさらわれるシーンでは、幼な心にエロティシズムすら感じてしまいました。
中学生のとき、かき氷屋さんに置いてあった『週刊少年サンデー』を手に取ったら、『まことちゃん』の連載が始まるという予告がありました。その前に発表された、若返りの薬を飲んだおじいさんが大暴れする『アゲイン』という作品を知らなかったので、「楳図先生、ギャグも描くのか」と新鮮な驚きがありました。実際に読んでみたら、さすがに一味違いました。単純な明るいギャグではなく、人間のコンプレックスをえぐるような深みがあったんです。
※本記事の全文(約1600字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2025年8月号に掲載されています(伊藤潤二「楳図かずお 赤白ボーダーの家」)。
■特集「戦後80年の偉大なる変人才人」
小泉純一郎 変人宰相誕生前夜▼田中眞紀子
浜田幸一 東京湾を埋め立てろ▼浜田靖一
佐藤愛子 ゴンタクレの血すじ▼杉山響子
元谷芙美子 帽子は切替スイッチ▼海江田万里
湯木佐知子 今はもう、“ささやき”ができませんねん▼湯木尚二
河村たかし 反乱軍になっちまったでぇ▼小島敏郎
羽柴誠三秀吉 17回の選挙▼三上大和
ドクター・中松 一スジ、二ピカ、三イキ▼中松義成
野村沙知代 あんたら!▼江本孟紀
岡留安則 愛嬌ある脅し▼西岡研介
天本英世 黒マントを翻し▼矢作俊彦
康芳夫 仁義ある虚業家▼島田雅彦
三木武吉 ヤジ将軍の本領▼赤上裕幸
松崎明 革マル派の妖怪▼牧久
武井保雄 艶福の人生▼溝口敦
酒井美意子 ナイトクラブ「不死鳥」▼保阪正康
榎美沙子 ピンクのヘルメット▼田原総一朗
楳図かずお 赤白ボーダーの家▼伊藤潤二
水木しげる おまえ、見たんか!▼原口尚子・武良悦子
赤塚不二夫 タモリへの異常な愛情▼山下洋輔
東海林さだお アタマを毎日100タタキ▼椎名誠
ギャル曽根 お腹触ってみます?▼名城ラリータ
志茂田景樹 青髪の男にゾクリ▼志茂田景樹
加藤一二三 潜んでいる龍▼西口由紀
升田幸三 1日酒2升タバコ200本▼桐谷広人
鈴木清順 やんちゃな仙人▼小椋悟
熊谷守一 毎日、毎日が新しい▼福井淳子
笹部新太郎 桜博士の憤慨▼北野栄三
浪花千栄子 毒を養分とした体幹の強さ▼芝山幹郎
土方巽 どーーんぞいって下さい▼吉増剛造
加藤唐九郎 窯大将の末裔▼加藤高宏
三松正夫 世界最大級の墓▼三松三朗
尾上縫 神のお告げ▼森功
細木数子 言い過ぎたかしら▼細木かおり
鮎川誠 IQ135▼鮎川陽子
植草甚一 印税はNY遊びに▼大谷能生
久世光彦 色っぽい囁き▼岸本加世子
安部譲二 稀代のモテ男▼山田詠美
樹木希林 不動産も好き▼遠藤勝義
谷崎潤一郎 愚という貴い徳▼阿刀田高
出典元
【文藝春秋 目次】永久保存版 戦後80周年記念大特集 戦後80年の偉大なる変人才人/総力取材 長嶋茂雄33人の証言 原辰徳、森祇晶、青山祐子ほか
2025年8月号
2025年7月9日 発売
1700円(税込)

