松崎 明 革マル派の妖怪

牧 久 ジャーナリスト
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国鉄動力車労働組合委員長として闘争をリードするも、後に会社側に転向した松崎明(1936〜2010)。『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(小学館)の著者の牧久氏が語る、松崎の“嘘”。

「鬼の動労」と呼ばれた国鉄動力車労働組合。その委員長の松崎明は、若い機関士や運転士を率い、ストも辞さない過激な闘争手法で、国鉄当局や国労(最大派閥の国鉄労働組合)と長年対立しました。

 1980年代、中曽根康弘政権が進めた国鉄の民営化に、当初、松崎は反対の立場でした。しかし国労を孤立させ、組織内の実質的支配力を得るため、賛成派に転じた。最終的に1987年、国鉄はJR東日本など12の法人に分割・民営化されたのです。

 革マル派幹部という裏の顔も持つ松崎が「コペルニクス的転換(コペ転)」と自称したこの変心がなければ、国鉄の民営化のみならず、のちの郵政民営化も実現しなかったのではないか。それが日本経済新聞の記者として、彼を追い続けた私の考えです。

松崎明 Ⓒ共同通信社

 埼玉県出身の松崎は、県立川越工業高校を卒業後の1955年、国鉄に臨時雇用員として入ります。正規採用後は動労の前身である機労(国鉄機関車労働組合)に加入、機関助士となります。1961年に動労青年部を結成して初代部長となり、若い機関士や運転士を指揮して国鉄内で強権的な立場を築いていきます。

 松崎にとって運命的だったのは、この頃、後に「革マル派」の最高指導者に君臨する黒田寛一と出会ったことです。1957年に黒田が立ち上げた革共同は、1963年、本多延嘉の中核派と黒田の革マル派に分裂しました。松崎は革マル派の副議長を務め、革マル派の分子を国鉄に送り込むことに注力していきます。

 日本の労組の代表格が、国労と日教組(日本教職員組合)です。組合の大きな活動のひとつがストライキですが、日教組がストを起こしてもせいぜい数時間から数日間、学校の授業が止まるぐらいでしょう。しかし、日本社会党の力をバックにした国労の中央部がストを指示すれば、全国の交通機関が麻痺し、労働者の足がなくなってしまう。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

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