53年前と同じ、震えるような夜だった。
7月12日、早稲田大学の大隈記念講堂で行った「山下洋輔トリオ 再乱入ライブ」のことである。
3人が定位置につくがはやいか、やおら高速のピアノを弾き始める。そんな導入部からしてあの時と同じ。間髪入れず森山威男のドラムが入って暴れ出し、中村誠一のサックスが返ってくる。当時のレパートリーをそのまま演奏した。
学生運動が盛んだった1969年の夏、早稲田の4号館で「乱入ライブ」をやった。「黒ヘル」と呼ばれたグループが大隈講堂にあったピアノを20人がかりで持ち出し、対立グループ(民主青年同盟)が占拠する4号館に担ぎ込んだ。演奏するのが我々だった。
講堂の扉を破って持ち出したのだから窃盗罪に問われてもおかしくない。加えて講堂を占拠していたのは暴力をいとわない革マル派。しかも反対派の拠点を奪うのだから、両派の武装闘争になりかねない。確かに命の危険のあるライブだったのだ。
企画したのはアングラ文化人を追うドキュメンタリー番組を撮っていた東京12チャンネル(現・テレビ東京)の田原総一朗さんだ。ヘンな奴らがいる、と聞きつけやって来た田原さんから、「どんな状況で演奏したい?」と繰り返し聞かれた。思わず「ピアノを弾きながら死ねたらいい」と口にしたら、「それだ。俺が殺してやる」と。確か、そう言ったと思う。
火炎瓶を放ち、角棒を唸らせるゲバ学生の乱闘の中に放り込まれれば演奏を止めざるをえなくなって、演奏家は退散する。テレビマンの欲望をぎらつかせた田原さんの目論見は、そんなところだった。
面白がり屋の我々だって恐い。それに楽器はどうなる? ピアノは置いて逃げればいいが、森山のドラムセットは自前だ。火をつけられたらシンバル1個持って逃げるのか。
覚悟を決めた本番。いっときも隙を見せるものかと、息をもつかせぬ演奏をした。実際、田原さんの思惑に反して火炎瓶は飛び交わず、ヘルメット姿の学生たちが目を閉じて聴き入った。休戦状態が出現したのである。
我々の切実さが伝わった手応えもあった。奇しくも「既存のジャズをぶち壊そう」と試みていた時期だったからだ。
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source : 文藝春秋 2022年9月号