まだ間に合う

巻頭随筆

藤崎 一郎 中曽根平和研究所理事長・元駐米大使
ライフ 国際 ライフスタイル

 コロナ禍が少し下火になって外国でのシンポジウムや講演に行く機会がふえてきた。半年間で2回ワシントンDCにでかけた。

 米国での講演は楽しい。へたなジョークでも誰もサブッとか凍るなどとくささずに笑ってくれる。1時間のうち、話すのは20分間で、40分間は質疑応答にしてくださいと言われる。話し終わるとわれがちに手があがる。議論に参加して対話するのを楽しみに来ている人が多い。

 人の講演を聞いて何を質問しようかと考えると頭が活性化する。私のような老輩でも発言しようとすると自分のさびついた脳細胞がギシギシときしみながら動きだすのがわかる。

 日本ではなかなかこうはいかない。1時間あると少なくとも50分間は話してくださいと言われる。司会者からおそらく聴衆の質問はないので、その場合には私が質問しますと耳打ちされることもある。ラジオでもないのに聴衆と呼ぶのは失礼な話だが、おおぜいの前で質問するのをちゅうちょする人が多いのは事実だ。大学の講義で教授が1時間半も話しつづけ、学生はひたすらノートをとるよう長い間、習慣づけられてきた。指定された書物をあらかじめ読んでおき、授業時間中は意見を述べたり質問したりして競い合う米国型と対照的だ。

 大学だけではない。会社の取締役会でも団体の理事会や評議員会でも、事務局スタッフがぶあつい細かい数字の資料を長々と説明する。質問もほとんどなく、議事は「異議なし」という声でたんたんと進行する。こうした段どりをのみこまず、不規則に発言をすると空気を読まない人と思われる。公けの場ではよけいなことは言わず、気配を消して、儀式をしゅくしゅくと行うのが日本のしきたりになってしまった。「物言う人」の役割は外国人まかせで本当にいいのだろうか。

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source : 文藝春秋 2022年8月号

genre : ライフ 国際 ライフスタイル