加藤一二三 潜んでいる龍

西口 由紀 長女
ライフ ライフスタイル 娯楽

史上初の中学生棋士となり、名人・王位など通算8期のタイトルを持つ加藤一二三(1940〜)。対局日は昼も夜も鰻重で、おやつは板チョコレートを好むなど、食へのこだわりも有名だ。「ひふみん」の素顔を、長女の西口由紀氏が綴る。

 日本将棋連盟の2018年のカレンダーの1月の写真には、藤井聡太七冠のデビュー戦の終盤の様子が収められている。相手は当時76歳の父・加藤一二三で、62歳差の対局は新旧交代の象徴と評された。父は「胸を貸すつもりはない。全力で戦う」と臨んだが敗れた。

 この対局から半年後、父は77歳で規定により現役を退く。最終局の後、記者会見を後日に回し、自宅で待つ母に「長年共に魂を燃やしてくれた」と、感謝を伝えた。この頃、NHKが『加藤一二三という男、ありけり。』という特番を制作してくれた。取材を受けた家族にとっても、父の棋士人生を振り返る貴重な時間となった。

加藤一二三氏 Ⓒ文藝春秋

 父は10歳で「最善手を積み重ねていけば勝てるというのが将棋の本質。これぞ自分の生きる道」と悟ったという。14歳で史上初の中学生プロ棋士となると、「神武以来の天才」と称された。順位戦を4期連続昇級して18歳でA級入りという最年少記録はいまだ破られていない。

 キリスト教を信仰するきっかけは、スランプ中にあった20代後半だった。「人生にも最善手があるはず」と信じた父の歩みを思う時、“まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものは与えられる”という聖書の言葉が浮かぶ。

 低迷期からの脱却の助けとなったのは信仰心だけではない。「指す手に確信が持てず迷う」なか、将棋界の先人である升田幸三先生から「君は潜んでいる龍なのだ」と、“潜龍の書”を頂戴したことも大きかった。

 父は1982年の名人戦で中原誠名人から名人位を奪取。実力制6人目の名人となった。終盤勝ち手が見えず、「家族にも応援してもらったけれど、また一からやり直しか」と、投了する前にもう一回、盤上を見直した瞬間に妙手が閃いたことが勝利へと繋がった。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2025年8月号

genre : ライフ ライフスタイル 娯楽