“世界を壊す男” ネタニヤフの正体

曽我 太一 ジャーナリスト
ニュース 政治 国際

1人の政治家が中東を戦火の奈落に突き落とした

 21世紀を「戦争の世紀」に変えつつある“元凶”の1人が、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相(76)だ。なぜ、世界はこの男に振り回されるのか? 生い立ちや内在的思考、政治信条など多面的な角度から、中東在住のジャーナリスト・曽我太一氏がレポートする。


 2026年2月上旬、アメリカ政府の中枢ホワイトハウスのシチュエーションルームにトランプ政権の幹部が集結した。向かい合ったのはイスラエルのネタニヤフ首相だ。イスラエルは去年6月、イランへの奇襲攻撃を敢行。トランプ政権もそれに追随する形で「真夜中の鉄槌作戦(Operation Midnight Hammer)」を開始し、イランの核開発施設を大きく破壊した。

 それから半年を経て、ネタニヤフは再び、世界を揺さぶり続ける米大統領に決断を迫った。イランへの再攻撃、そして最高指導者アリ・ハメネイ師暗殺など、体制転換のための軍事作戦だ。シナリオを理路整然と説明したネタニヤフに対し、米軍や情報機関は攻撃の効果に懐疑的な見方を示した。

トランプ大統領にイラン攻撃を提案したネタニヤフ首相 ©時事通信社

 しかし、ベネズエラでの成功の余韻に浸るトランプ大統領は攻撃を決断。2月28日、「壮絶なる怒り作戦(Operation Epic Fury)」を敢行し、世界は中東発の未曾有の危機へと突入した。二度にわたりトランプ大統領をイラン攻撃に巻き込んだネタニヤフという男は何者なのか。

ネタニヤフ=神が与えた

 1948年5月14日、イギリスによるパレスチナ委任統治が終了すると、テルアビブに集まったユダヤ人たちはイスラエルの建国を高らかに宣言した。イスラエルの一方的な建国に反発した周辺のアラブ諸国はイスラエルへの攻撃を開始し、第一次中東戦争が勃発。その混乱の最中、滞在先のアメリカからイスラエルに向かった1人の男がいた。その男の名前はベンツィオン・ネタニヤフ。後にイスラエルを歴代最長にわたり牽引することになる、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の父だ。

 独立の翌49年、ベンヤミンは、戦争の面影が残る地中海沿いの都市テルアビブで生を受けたが、彼の考えを知る上で、父・ベンツィオンの存在は欠かせない。

 ベンツィオンはロシア帝国当時のポーランドに生まれたユダヤ人で、1920年、父に連れられてパレスチナに移り住んだ。当時、移住した多くのユダヤ人がそうしたように、スラブ系だった家族の姓を「神が与えた」を意味するヘブライ語名「ネタニヤフ」に改名した。

テルアビブで行われたデモ。ネタニヤフ首相の顔に「失敗した」と書かれている(筆者提供、2026年5月29-30日)

 その後、ベンツィオンは学術の道を志す。イスラエル建国に繋がったシオニズムには大きく分けて二つの流れがあったが、ベンツィオンは「修正主義シオニズム」の開祖ゼエブ・ジャボティンスキーの秘書を務めるなどして、薫陶を受けた。修正主義シオニズムとは「労働シオニズム」の対概念で、ユダヤ人国家の建設を強固に支持し、パレスチナのいかなる領土分割にも反対する立場をとった。労働シオニズムが社会主義的でアラブ人との融和も視野に入れていたのとは対極だった。

 修正主義シオニズムの考えは、今もベンヤミンの思想の根幹に根付いている。パレスチナのイスラム組織ハマスによる大規模攻撃を受けた1カ月後の2023年11月、ベンヤミンは会見で、「私は、父ベンツィオン・ネタニヤフ教授の弟子であり、ゼエブ・ジャボティンスキーの弟子でもある」と強調した。

 ベンツィオンは、その後アメリカの名門コーネル大学等で教鞭をとり、イスラエルとアメリカを行き来する生活が続いた。このため、ベンヤミン少年も1956年から58年、そして、63年から67年までの幼少・青年期をアメリカで過ごした。同級生から「ベン」の愛称で親しまれ、高校ではディベートクラブに所属し、弁論術を磨いた。政治家となって発揮された言葉巧みな弁舌は高校時代から培われたものだ。

 アメリカで高校を卒業したネタニヤフ青年は67年、軍に入隊するためにイスラエルに戻った。時代は第三次中東戦争の直後。小国イスラエルがエジプト、ヨルダン、シリアという隣国を押し返し、ヨルダン川西岸地区や聖地エルサレムの全域を制圧して間もない頃で、現地には勝利の余韻が残っていた。

 ネタニヤフが目指したのは、通常の戦闘部隊ではなく、エリート戦闘部隊「サエレト・マトカル」だ。敵陣営の奥深くに入り込み、暗殺や人質救出などを実行する特殊任務部隊で、エリート中のエリートである。ネタニヤフはそのエリート部隊員として数々の作戦に携わり、73年の第四次中東戦争にも予備役として参加し、大尉にまで昇格。除隊後は、アメリカの名門マサチューセッツ工科大学で建築学の学士と経営学の修士を修め、ボストン・コンサルティング・グループに入社した。

 イスラエル社会には、ユダヤ系住民の間にも厳然とした「階級」が存在し、社会や政府の要職を占めるエリート層の大半は、欧州にルーツを持つアシュケナジ系ユダヤ人だ。一方、中東・北アフリカ出身のミズラヒ系やエチオピア系は、政治・学術・経済の中枢から外されたままである。アシュケナジ系のネタニヤフは、イスラエルとアメリカで育ち、かつ、エリート戦闘部隊の出身という、イスラエルにおいてこれ以上ないエリート市民とも言える。その順風満帆だったネタニヤフの人生に転機が訪れる。

初回登録は初月300円ですべての記事が読み放題

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2026年7月号

genre : ニュース 政治 国際