東芝に売り飛ばされるも株価は78倍に。しかし、待ち受ける強大な敵。
7月15日、東京の居酒屋「やきとん三吉」神田北口店に黒山の人だかりができた。テレビカメラが待ち受ける中、姿を現したのは、株式時価総額世界一(約5兆1400億ドル=約838兆円、以下時価総額は7月23日時点、1ドル163円で換算)の米半導体大手、NVIDIA(エヌビディア)の創業CEOジェンスン・ファン氏だ。
ファン氏と日本の縁は深い。今や生成AI向け半導体で世界を席巻する同社だが、最初の大口顧客は日本のゲーム機メーカー、セガ(現セガサミーホールディングス)だった。その後、新開発の画像処理半導体(GPU)がどこにも採用されず倒産寸前になった時、セガ米国法人のトップだった入交昭一郎氏が日本の本社を説得して500万ドルを出資させて救った話は有名だ。
ソニーにもGPUが採用されたことでエヌビディアは成長軌道に乗った。ゲームの世界で画像を素早く滑らかに動かすためにエヌビディアのGPUは凄まじい並列計算能力を持つようになり、これに目をつけたのが生成AIを手掛けるハイパースケーラー(グーグル、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトなど)だ。その結果、エヌビディアは世界(中国を除く)の生成AI向けGPUをほぼ独占することになり、2024年にはアップルやマイクロソフトを抜いて時価総額世界一に躍り出た。
懇親会にはキオクシア社長も
エヌビディアの時価総額は、トヨタ自動車を含め東証プライム上位100社の合計とほぼ同等。まさに「化け物企業」だが、前述のように創業期のファン氏は金策のために日本詣を繰り返していた。
やきとん店に招かれたのは東京エレクトロンの河合利樹社長、信越化学の斉藤恭彦社長、日東紡の林寿信社長、味の素の中村茂雄社長、キオクシアホールディングスの太田裕雄社長など、エヌビディアと取引のある会社のトップたちだ。
半導体製造装置の東京エレクトロンやシリコンウエハーの信越化学、半導体基板を作るときに使うガラスクロス大手の日東紡の社長が呼ばれたのは分かる。食品メーカーの味の素は、重層構造になった半導体基板の間に挟む絶縁材料がエヌビディアの設計した半導体などに採用されたため、一躍「AI関連銘柄」になった。
エヌビディアは、絶好調のGPUチップ開発にとどまらず、AIデータセンター全体を設計しようとしている。27年度(26年2月〜27年1月)には250億ドル〜280億ドル(約4兆円〜4兆5000億円)の開発投資を予定している。AIデータセンターを完成させるには、最先端の機械や部品や素材が莫大に必要で、その一部を任せる日本の取引先に「よろしく頼む」と念を押すのが今回の来日の目的だったはずだ。
ファン氏が招いたゲストの中で注目を集めたのはキオクシアの太田社長だ。ファン氏が来日する1ヶ月前の6月12日、キオクシアの株価は8万円を突破し終値ベースの時価総額は44兆3627億円で、43兆8389億円のトヨタ自動車を抜いて日本一に躍り出た。ちなみに東芝から独立し、2024年に上場した時の株価は1440円なので56倍になった計算だ。

その後キオクシアの株価は最高値である11万2700円(上場時の78倍)の半値以下まで下落した。値動きは荒っぽいが、時価総額ランキングで国内十指に入っており、「日本屈指の企業価値」を持つ会社であることには変わりない。
同じ半導体の舞台で戦うエヌビディアとキオクシア。本来なら日の丸半導体の名にかけて「エヌビディア何するものぞ」の気合いを見せて欲しかったが、7月15日の神田で太田氏が見せたのは、超大口の顧客を前に揉み手する「下請け会社社長」の作り笑いだった。
「日本一」といっても最高で60兆円、7月22日時点では35兆円のキオクシアに対し、エヌビディアは838兆円。「対等に戦え」と望むのは無理かもしれないが、日本の投資家はキオクシアに夢を託している。
6月25日に都内で開かれたキオクシアの定時株主総会。集まった個人投資家は皆、上機嫌だった。当時、キオクシアの株価はまだ10万円を超えており、上場時に買っていれば72倍。100万円が7200万円になる計算だから、少なからぬ数の投資家が「億り人」になった。
「(キオクシアのおかげで)資産が2億円を超えた」
「(株を売って)夫婦でドジャース戦を観に行こうと話している」
株主総会で新聞の取材を受けた個人投資家たちは、口々に夢を語った。その後、キオクシアの株価はピークの半値に下落したので、ドジャース観戦が実現したかどうかは定かでないが、それでも今やキオクシア株は、日本の株式市場全体に影響を与える存在だ。
なぜキオクシア株は高くなった?
2017年に東芝から切り離される形で誕生したキオクシアは、さほど目立つ会社ではなく、今日のような「狂騒曲」は想像できなかった。キオクシア株がなぜこれほどまでにもてはやされるのか。それを理解するには半導体業界におけるキオクシアの「現在の立ち位置」を確認しておく必要がある。
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