「ともちゃん、ごめんね」支えられていたのは、ママの方でした 辺野古ボート転覆事故 両親独占手記

三宅 玲子 ノンフィクションライター

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事故現場に向かうと船には献花ひとつなかった

 玄関の外にかわいらしい提灯を灯しました。知華(ともか)が迷わず家に戻ってこられるようにと。知華のためにお盆の支度をするなんて考えもしませんでした。四十九日を過ぎても泣き通しで食事をする気力さえなく、どうやって生きているのかもわからない日々でした。遺骨をお墓に納めるとき、知華と離れるのが辛くて。

「泣いてばかりいると知華が成仏できないよ」と主人は言います。でもその時は、成仏しなくてもいいと思っていたんです。いつまでも近くにいてほしい。死んで娘に会えるのなら、早くいきたい──。

 知華は18年前の10月、3700グラムで生まれてきました。朝方、陣痛が始まると、1時間半ぐらいであっという間に生まれて。新生児室でずらりと並んだ赤ちゃんの中でもとびきり大きな子でした。

 知華が2歳半の時、夫婦で起業し、長女と4人でインドネシアのジャカルタに移住しました。海外での子育てですので、ひとときも目を離さず、外出するときはいつも一緒でした。大切に育てた娘が、まさか、どこよりも安全だと思っていた日本の学校で命を落とすことになるなんて。ママは学校の安全管理があんなにもずさんだと知らなかった。ともちゃん、ごめんねと、毎日、仏壇に手を合わせています。

 家には、「お仕事がんばってね」「ママ、大好きだよ」と知華が書いてくれた手紙がたくさん残っています。親として娘を育ててきたつもりでしたが、支えられていたのは私の方でした。毎日お墓と仏壇をきれいに掃除して、今日一日、生きることを赦される。そう想って、どうにか過ごしています。

 同志社国際高校2年生だった武石知華さんは学校主催の沖縄研修旅行に参加し、3月16日、同級生17人とともに、在日米軍辺野古新基地建設反対グループに所属する抗議船、「平和丸」と「不屈」の2隻に分かれて乗船。船は出航から50分ほどで次々に転覆した。「平和丸」の下から知華さんが発見されたとき、1時間が経過していた。「不屈」の船長も死亡し、生徒17人のうち16人が病院で治療を受けた。死亡した船長は、基地反対活動を長年続けていた金井創牧師だ。

 7月、両親は学校関係者や抗議船を運航していた活動団体関係者らを、安全管理義務違反等の容疑で刑事告訴した。父はかねての快活さが失われた妻を、次のように案じる。


「卒哭忌(そっこくき)」という言葉を今回初めて知りました。百箇日のことで、喪った人への悼みと悲しみにひとつの区切りをつけるとの意味だそうです。もともと妻は行動的なタイプで、家庭でもリーダーシップは妻。夫婦喧嘩らしいことはほとんどなく、娘たちと4人、どこへ行くにも笑いの絶えない家庭でした。それが、次女を喪ってから妻は文字通り100日間泣き続け、起き上がれませんでした。

 妻がようやく起き上がれるようになったのは、7月になろうかという頃でした。その間、私は死亡届を提出し、知華の銀行口座やスマホを止めるなど、諸々の手続きで慌ただしく過ごしていました。

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source : 文藝春秋 2026年10月号

genre : ニュース 社会 教育