国策プロジェクトの失敗を繰り返すな
この記事が読者の目に触れる頃には、衆議院議員総選挙の結果が出ている。与党が敗れれば政府の経済政策も一旦白紙になるが、勝てば高市政権が掲げる「経済安保政策」が加速する。安保を理由に日本経済のあらゆる分野に国が「口と金を出す」、過剰な経済政策だ。
高市政権が掲げた「重点投資対象17分野」にはAI・半導体、量子、合成生物学・バイオ、航空・宇宙、デジタル・サイバーセキュリティ、情報通信といった、イノベーションが不可欠な領域が含まれている。しかし半導体、汎用コンピューター、液晶パネルなど、過去50年に国が「口と金」を出した「国策プロジェクト(国プロ)」の失敗は、枚挙にいとまがない。
イノベーションとは「創造的破壊」であり「破壊的創造」である。従前の手法の延長線上で改善を繰り返すのではなく、それを一度、否定し、ゲームのルールを変えるところから始まる。このため、ほとんどの挑戦は失敗に終わる。平たくいえば一攫千金のギャンブルであり、血税を注ぐ領域ではない。
重点対象のトップに置いたAI・半導体では、すでに一足早く先端半導体の生産を目指す「ラピダス」に、国が3兆円近くを拠出することが決まっている。ラピダスは2027年度に2ナノ(ナノは10億分の1)メートル半導体の量産を目指しており、経営陣によると量産にたどり着くまでの累計投資額は7兆円を超える。
国はこのうち6兆円を拠出する構えだ。それだけでも異常だが、民間から1兆円を調達するメドも立っておらず、税金の投入はさらに膨らむ可能性がある。6兆円といえば日本の国家予算の5%。投資期間を3年と考えても、毎年2兆円という途方もない税金が注がれる。失敗すれば、国民の負担になる。
ラピダスが生産しようとしている超微細加工の半導体は、生成AIや自動車の自動運転といった先端分野に欠かせない。間違いなく成長する分野であり、本来なら民間企業がリスクをとって挑むべきだが、なぜ国が先頭に立たねばならないのか。日本では半導体産業の灯が消えかけているからだ。
半導体立国・日本の凋落
1990年、日本の半導体産業は我が世の春を謳歌していた。売上高世界一のNECを筆頭に、トップ10のうち6社が日本企業だった。しかし2025年第3四半期のランキングを見ると、トップ10に日本企業の名前はない(下表参照)。上位に入っているのはスマホのカメラなどに使われる画像センサー用の半導体を手がけるソニーと、同じくスマホで使われるメモリー半導体を作るキオクシア(東芝の旧半導体部門)くらいだが、TSMCやサムスン電子といった世界の巨人に伍して投資競争に加わる体力はない。日本の半導体産業がここまで弱くなった原因は、概ね以下の三つで説明されている。
「日米半導体協定で手足を縛られた」
「韓国や台湾に技術や技術者が流れ、キャッチアップされた」
「米国、韓国、中国が国家をあげて半導体産業に投資したが、日本政府の支援は弱かった」

どれも正しいが、筆者は「もう一つの敗因」があったと考える。日本の半導体産業が坂を転がるように衰退していた2002年、こんな舞台裏を見たからだ。
NEC西垣社長の脂汗
その年の12月、筆者は東京・三田にあるNEC本社ビル、通称「スーパータワー」の41階にある役員応接室にいた。正面に座っているのは当時社長の西垣浩司氏。腰痛持ちの西垣氏は、寝そべるように浅くソファに腰掛け、額に脂汗を浮かべていた。
この日の取材は筆者からの依頼で急遽、設定された。某所から「西垣氏が社長を退く」という情報を掴み、確かめに来たのだ。
「近々、社長をお辞めになる、という情報があります。本当でしょうか?」
筆者が問うと、西垣氏は目を閉じたまま、低い声でこう言った。
「もう、(社長としての仕事は)十分やった。これ以上は……」
「お辞めになるということですね」
西垣氏は腰痛をかばうためソファの肘掛けに両肘をつき、天井を仰ぐように座っていたが、その時は首を持ち上げ、筆者の目を見てはっきりとうなずいた。

後任は西垣氏の直系になるコンピューター・システム部門出身の金杉明信氏であることを確認すると、筆者は応接室を出て、エレベーターで1階のロビーに降りた。正面玄関の自動ドアをくぐったところで携帯電話が鳴った。
「西垣は辞めると言っていましたか?」
聞き覚えのある低い声。NECの持分法適用会社で産業廃棄物処理やビル清掃を手がけるシンシアの社長、中西雄三氏だった。
この日、筆者が西垣氏と会うことを知っていたのはNECの広報担当者一人だけ。だが、彼が漏らした痕跡はなかった。西垣氏本人が中西氏に報告したのだ。
この時、西垣氏が心身が疲弊した状態にあるのは明らかだった。1999年に社長に就任した西垣氏は巨額の赤字を垂れ流していたメモリー半導体事業をエルピーダメモリ(現マイクロンメモリジャパン)、ロジック半導体事業をルネサスエレクトロニクスとして切り出すなど改革に大鉈を振るった経営者である。
それに噛みついたのが1980年から1998年まで社長・会長としてNECに君臨した関本忠弘氏だ。この頃はすでに相談役に退いていたが、株主総会で株主として「かつて世界一だった半導体事業を切り離すとは何事か」と西垣氏に問い質し、週刊誌でも公然と西垣氏の経営方針を批判していた。
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