中東では時の流れが他の地域よりも早く感じる。筆者は2020年夏からエルサレムを拠点に取材しているが、この4年は日本での10年ほどに感じる。世界を震撼させた新型コロナウイルスの感染拡大でイスラエルが世界に先駆けて大規模なワクチン接種施策を進めたかと思えば、21年5月にはイスラエルと、パレスチナのイスラム組織「ハマス」との間で当時過去最悪の軍事衝突が起きた。直後には、歴代最長となる通算15年に渡り政権を率いたネタニヤフ首相が失権。新たな時代を迎えるのかと思いきや、22年末には再び政権の座に返り咲いた。すると今度は、後ほど詳しく触れる司法制度改革により、民主主義のあり方をめぐって国内が激しく分断。その状況の中、23年10月7日、ハマスによるイスラエルへの越境攻撃で「戦争」に突入したのだ。
10月7日のハマスによる越境攻撃は前代未聞だ。国際的な余波も含め、世界史に刻まれるだろう。ハマスの攻撃により、イスラエルでは市民など約1200人が無差別に殺害され、約250人がハマス等の人質とされた。一時休戦で、100人余りが生きたまま解放されたが、その後の外交努力も虚しく、停戦は実現せず、人質の拘束は続く。イスラエルはガザ地区への苛烈な攻撃を続け、ガザ地区は住宅の6割、商業施設の8割が破壊され、女性と子供1万7000人を含む4万人以上が死亡。過剰な攻撃だと、欧米でもイスラエルへの兵器供与を停止するよう求める声も高まった。
「戦争」は、イスラエルとハマスの間だけに止まらない。親イラン勢力「抵抗の枢軸」を構成するレバノンのシーア派組織「ヒズボラ」や、イエメンの「フーシ派」、それにイラン本国との間で攻撃の応酬を招いた。
イランは史上初となる直接攻撃に乗り出したが、ジレンマを抱える。欧米の制裁により経済が疲弊する中、イスラエルとの全面戦争は望んでいない。保守強硬派ライシ大統領の事故死を受け、新たに就任した穏健派ペゼシュキアン大統領の舵取りは注視する必要がある。
さらに、「世界最強の非国家組織」とも呼ばれるヒズボラの指導者ナスララ師がイスラエルの空爆により殺害された。ナスララ師はカリスマ的リーダーとして、反イスラエル戦線を率いてきたが、全面衝突には発展しないよう抑制的な姿勢も見せていた。ヒズボラの今後の姿勢次第では、情勢が緊迫する可能性がある。
複数正面で戦争を戦い続けるイスラエルだが、深刻なのは国内の分断だ。同国では19年から22年にかけて5度の選挙が行われたが、争点は「ネタニヤフ政権の継続か否か」だった。22年末にはネタニヤフ氏が宗教極右勢力との連立で政権を発足させると、最高裁の権限を弱める「司法制度改革案」を発表。民主主義の根幹である司法の独立を脅かすものだと市民が激しく反発した。その分断の中でハマスとの「戦争」が始まった。ネタニヤフ政権は「人質解放」と「ハマス殲滅」という2つの目標を掲げてガザ地区への地上侵攻を続け、北部から南部まで地区全土を制圧した。しかし、ネタニヤフ氏が示す目標について、軍幹部はハマスが政治組織でもあることから、「殲滅はできない」と発言するなど、身内からの批判も燻る。24年10月にはハマスの最高指導者シンワル氏の殺害に成功したが、ハマスのトップが替わるだけだと冷ややかに見る国民も少なくない。
「ハマス後のガザ」は?
ネタニヤフ首相は、詐欺や収賄などの罪で起訴され裁判中の身だ。世論調査では、国民の7割が首相は辞任すべきだと答え、選挙となれば失権する可能性が高い。また、ネタニヤフ氏が自身の政治的生き残りのために戦争を長期化させていると考える人も半数を超える。戦争激化や政治的混乱の長期化は国内経済にも影を落とし、格付け会社が相次いでイスラエルの評価を下げた。人質解放を何よりも望んでいた市民は政府への信頼を失墜させ、国家と国民との間にあった「社会契約」が失われたと指摘する声もある。
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