選択的夫婦別姓制の必要が説かれて久しい。1996年には、法制審議会が制度導入を答申した。2024年には、経団連が制度導入を提案し、自民党総裁選の争点にもなった。
まずは、氏の歴史を振り返ってみよう。庶民が氏を使い始めた明治初期は、一律の夫婦別氏制だった(明治9年太政官指令)。これは、男女平等の理念に基づくものではなく、妻を夫の家の完全なメンバーとは認めていなかったことによる。
1898(明治31)年制定の民法親族編は、家制度を採用した。家制度とは、戸主を中心に、その兄弟姉妹や子どもらを権利義務で連結する制度だ。戸主は、家の財産を独占する一方、家族を扶養する義務を負った。婚姻は、妻が夫の家に入る制度(例外的に婿入り婚もある)とされ、その成立には、当事者の合意だけでなく、戸主や親の同意が必要だった。
家制度下の夫婦同氏は、「夫婦の氏」ではなく、夫の属する「家の氏」、あるいは「戸主の氏」を共に称するものだった。この制度は、妻を夫の家の正式なメンバーと認める点では、女性差別解消の意味合いを持っていた。もっとも、個人の抑圧や女性差別を内包しており、個人の尊厳に反する面も強かった。
1947年施行の新憲法は、家制度による抑圧と差別を反省し、家族に関する法律について、当事者の合意を尊重し、個人の尊厳と男女の本質的平等に立脚することを求めた(憲法24条)。これを受け、1948年に民法親族編が大改正された。家制度は廃止され、家の氏もなくなった。氏に何らかの法的効果を結びつけることも、徹底的に避けられた。
他方で、同氏を選ぶ夫婦が多いだろうとの見通しの下、夫婦は一律に同氏とされた(民法750条、739条、戸籍法74条1号参照)。もっとも、新民法において、氏はもはや家を表すものではない。氏はあくまで「個人の呼称」であり、夫婦・親子同氏は「個人の呼称」を「同じくする」だけと説明される(我妻栄『親族法』有斐閣 1961年 77頁)。
こうした経緯を見ると、現行法の氏に大した法的意義はなく、夫婦同氏である必然性もないことが分かる。このため、多くの民法学者は、選択的夫婦別姓の導入を否定しない。同氏を拒んだだけで婚姻できなくなるのは、婚姻の権利の侵害だとする憲法学者も増えている。
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