彼女が政治を志した青春時代をたどると……
4月6日の午後。東京都港区虎ノ門の日本消防会館に黒塗りの車が次々と滑り込んだ。ビル内の多目的ホールに姿を見せたのは、内閣総理大臣・高市早苗(65)である。
国家公務員合同初任研修の訓示式。壇上に立った彼女は、時折、目元を細め、隙のない笑みを浮かべながら、約950人の新人国家公務員たちを前にこう語りかけた。
「困難を避けて挑戦しないと、絶対に後悔する」
高市は、人生の岐路において「難しいが一番やりたいこと」を常に選んできたと語った。これまで失敗もあった。落選もした。だが、それらの全ては次の挑戦への糧になったのだと話し、こう続けた。
「私は松下幸之助さんという、今のパナソニックの創業者のもとで、大学を卒業したあと直接、薫陶を受ける機会を得ました」

彼女が新人官僚たちに伝えたのが、幸之助が遺した「素志貫徹」という言葉だった。一旦定めた志を、途中で投げ出さずに貫き通すという教えだ。高市はその意味を「成功の要諦は成功するまで続けるところにある」と、師の言葉を借りながら語った。
彼女が幸之助の薫陶を受け、女性初の宰相へと歩を進める出発点となった学舎、松下政経塾。だが、そこでどう過ごし、何を学んだのか、具体的なエピソードは語られない。
高市はサラリーマン家庭に生まれ、非世襲で政治家になった。政治を志すようになったきっかけとして、過去に幾度となく持ち出してきたのが、松下政経塾や松下幸之助の存在である。〈松下幸之助塾長が訴えておられた日本の将来への危機感の切実さに大いに感ずるところが有り、国政を志す〉(2005年4月「論叢 松下幸之助」第3号)といった具合だ。しかし、そんな彼女の出発点の実像を知る者は、実は少ない。
高市は松下政経塾でいかなる時間を過ごし、政治の道を志すようになったのか。
「お教室はたった二つ」
神奈川県茅ヶ崎市は、相模湾に面した海沿いの街である。東京駅から約1時間。JR辻堂駅を降りてタクシーに乗り、「松下政経塾まで」と行き先を告げると、運転手は迷うことなく車を発進させた。
乗車してから5分ほど。辻堂海岸のすぐ近くに松下政経塾はある。2万平米の広さを誇る敷地内に足を踏み入れると、一直線に道が伸び、その両脇には、神社仏閣の境内によく見られる楠が葉を茂らせる。この地を学びの聖域にしたいという幸之助の思いが込められているという。道の正面には見上げるほど大きく重厚なアーチ形の門。1980年の開塾当時、パナソニックと縁の深い鹿島建設の職人が技術の粋を集めて作り上げたもので、その姿は現在も変わっていない。

大平正芳が政権を担う時代に産声を上げたこの塾は、「経営の神様」と呼ばれた幸之助が、国家経営を担う人材を育成するために設立した。特定の教師を置かず、塾生自らが国家経営を模索する「道場」と位置づけられた。
もっとも、塾生は教室で座学を受けるだけではない。担当者は、研修棟を案内しながらこう説明した。
「この広い敷地内に、お教室はたった二つなんです」
教室が少ないのは、政経塾が「自修自得」と「現地現場主義」を掲げていたからだ。塾生は一人ひとり志が違う。その志のある場所が教室になるという考え方だそうだ。
寮棟は5階建て15室で、1室にベッド付きの6畳の部屋が四つあり、定員は1室2名。高市も1号棟104号室で、女性の同期生と共同生活を送った。寮の各部屋には、幸之助の揮毫をもとにした書が掲げられている。例えばこんな調子だ。
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