高市首相は昨年の自民党総裁選で経済重視を掲げた。政権発足から250日を過ぎ、その現状は――
昨年10月、政権の座に就いた高市早苗首相(65)は「責任ある積極財政」を柱に日本経済の持続的成長を目指す“サナエノミクス”を掲げてきた。首相就任以降、日経平均株価は約2万円上昇し、ついに7万円を突破した。その一方で、物価高にも拍車がかかっている。今、日本経済に何が起きているのか――。三菱UFJモルガン・スタンレー証券のシニア・グローバル投資ストラテジストを務める山﨑慧氏は、「日本経済は大きな構造変化を迎えている」と指摘する。
日本経済は、2022年に大きな転換期を迎えました。それは、「インフレ」の進行です。日本の経済規模を表す国内総生産(GDP)には2種類の数字があります。一つが国内で生産されたモノやサービスの付加価値の総額をその時の市場価格で算出した数値である「名目GDP」。もう一つが、物価変動の影響を除いた「実質GDP」です。名目GDPは過去5年間で増加を続け、現在、680兆円までその額を伸ばしています。コロナ禍で一度大きく数字を落としましたが22年以降、最大値を更新し続けているのです。他方、実質GDPは現在およそ590兆円程度。こちらは17年に記録した580兆円をわずかに上回る程度で10年間、ほぼ横ばいの状況です(表①)。かつては、名目GDPが増えると、実質GDPも同時に増加する傾向にありました。しかしここ数年、名目GDPだけが伸び続け、実質GDPはほとんど伸びていません。その原因は急激な物価高、つまりこれは経済成長ではなく、インフレに他なりません。こうした変化が見られ始めたのが22年から23年にかけてでした。

要因は大きく三つあります。一つ目が、ロシアによるウクライナ侵攻に端を発したエネルギー危機。もう一つが、コロナ禍が明けたことによる経済活動の再開とそれに伴うサプライチェーンの混乱。そして三つ目が、急激な円安の進行です。これらの要因をきっかけとして日本社会は、“ゼロインフレ経済”から“インフレ経済”へと構造が変化しました。
1株当たりの純利益は倍増
こうした傾向は、データからも明らかです。モノやサービスの価格変動を示す指標として「消費者物価指数」があります。過去30年間横ばいの状態が続いてきましたが、22年頃から昨年にかけて一気に13%も上昇しています。日本銀行が掲げる物価安定目標が「消費者物価上昇率2%」ですから、かなりの勢いでインフレが進んでいることが分かります。消費者物価指数の内訳は、消費者が購入する具体的なモノである「財」とその他の目に見えない「サービス」とに分けられます。まず、財価格の上昇が輸入物価の高騰に引っ張られるかたちで21年頃から始まりました。そして、22年の後半からはサービス価格が上昇に転じ始めました。この間、物価高騰により、それまでと同じ賃金では生活が苦しくなり始めました。そこに人手不足が加わり、企業は賃上げをしなければ採用もままなりません。人件費の高騰がサービス価格の上昇へと繋がり、さらに物価を押し上げる流れなのです。
では、インフレは日本経済の構造をどのように変えたのでしょうか。ここからはその影響を「政府セクター」「国民セクター」「企業セクター」の三つに分けて見ていきましょう。
まず「企業セクター」。現在、日経平均株価は最高値を更新し続けています。株価が好調な日本企業の多くは業界のトップランナーで、価格設定能力も高い。つまり、インフレ下でも価格転嫁が可能なのです。加えて外需企業が多いことから円安になればなるほど海外からの収益が増え、株価は上昇します。企業にとってインフレはマイナスよりプラスに働いているのです。景気が上向かない中でも21年の後半から日本の企業利益は好調が続いています。東証株価指数(TOPIX)の1株当たりの純利益は、直近10年間で倍近くまで伸びました。実際、1株当たりの純利益の伸びを見比べると、TOPIXはアメリカの代表的な株価指数であるS&P500と比較しても、もはや遜色ありません。こうした観点から見れば、日経平均株価が急上昇を続け、7万円を突破したことは不思議ではありません。

12年間伸び悩む家計消費
続いて「国民セクター」はどうでしょうか。20年頃まで、日銀の生活意識アンケート調査における「消費者景況感」と短観における「企業景況感」はほぼ一致していました。ところが、21年頃を境に短観企業景況感の指数だけが上昇し、両者の間に大きな隔たりが生じています。企業の景気認識とは対照的に消費者は日本の景気が良くなっていると感じていないのです。その理由は言うまでもなく物価の高騰です。24年夏以降、コメ価格の高騰が始まり、現在落ち着いたと言ってもそれまでの2倍の価格です。生鮮食品を含めた食品全体の値上がりは止まらず、不動産価格や家賃も大幅に上昇しています。
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