『伊豆の踊子』『雪国』などで知られ、ノーベル文学賞を日本人として初受賞した川端康成(1899~1972)。生前に親交のあった岸惠子氏が、その知られざる姿を明かす。
岸さん ©中西裕人
1968年の冬たけなわのこの日、スエーデンの首都ストックホルムは雪に覆われ、キラキラ凍えてうつくしかった。飛行機のタラップを降りる私に日本の報道カメラが回った。
「スポンサーはどこですか?」「え?」。俳優という人間は、スポンサーがなければ旅行も出来ない生き物と思っているらしい。《飛行機の切符? 自分で買ったよ!》。啖呵は胸で呟いた。
「惠子さん、授賞式に来てくれますか?」
川端康成先生からパリへ電話を頂いたのは2週間ほど前。日本の作家がノーベル文学賞を受賞するのは初めてのことだった。満席ではあるけれど、厳かなしじまが満ちる会場で、男性はスモーキング、女性はローブ・デコルテ。私もこの日のために夫がプレゼントしてくれたオートクチュールのドレスを着ていた。
式場に関係者以外の日本人はたぶん私ひとりだったと思う。胸がドキドキしていた。川端先生はさぞ緊張なさっているだろうと、余計な慮りのドキドキだった。アナウンスがあって壇上に現れた川端康成先生は紋付羽織袴だった。一幅の浮世絵さながらに美しかった。日本男児ここにあり、と高鳴る胸を鎮めた私が驚いたのは先生のあまりにも何気ない様子だった。
川端康成
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source : 文藝春秋 2022年1月号