今号は年2回の芥川賞発表・受賞作掲載号です。同じ編集長でも以前務めた「週刊文春」と月刊「文藝春秋」では何が一番違うのか。それは、芥川賞の存在です。半年ごとに優れた純文学を書いた新人作家に贈られる日本で最も知名度が高い文学賞。作家の菊池寛が、1927年に亡くなった友人の芥川龍之介の業績を記念し、1935年に創設しました。この選考会において、月刊「文藝春秋」の編集長は司会を務めるのです。1997年の入社以来、私は文芸関連の部署に行ったことは一度もありません。9人の選考委員の作家とは一面識もありません。まったく知らない世界で、いきなり司会。プレッシャーには強い方だと思っていましたが、日々、緊張感が高まっていきます。社内からは「もし受賞作が出なかったら、それは司会のせい」という圧がかかっている気がします(たぶん)。
もちろん、できる準備はしました。選考委員の方には事前にご挨拶にうかがいました。文藝春秋の創業者にして、芥川賞の創設者・菊池寛の墓参りもマストです。
菊池寛のお墓は、多磨霊園にあります。草木が生い茂っているという前情報もあり、編集部の有志一同で行って、墓掃除をし、手を合わせます。

続いて、芥川です。お墓は巣鴨にある「慈眼寺」にあります。墓地に入ると、芥川個人のお墓と芥川家の墓が並んでいます。ファンが参ったのでしょうか。ビールやタバコなどが供えられていました。

一方、芥川家の墓には、文庫がページを開いて供えられています。見てみると、ボードレールの「悪の華」でした。会社に帰って調べてみると、芥川は、悪や醜さの中に美を見出すボードレールの姿勢に、深く共感していたそうです。芥川は、「人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない」との言葉も残しています。どれほど長く生きた現実の人生も、ボードレールが詩に刻んだわずか一行の重みや美しさ、真実味には遠く及ばない、との意味だとか。さすが芥川。お供えのレベルが高すぎます。

先輩が選考会会場の下見にも連れて行ってくれました。会場は、築地の料亭「新喜楽」。1階の部屋が芥川賞の選考会場です。大通りからすぐなのですが、車の音が聞こえません。本当に静謐な空間なのです。先輩は「とても音がとおるから、声を張る必要はないよ」とアドバイスしてくれました。ただ、この厳粛な空間で文学の新たな歴史が刻まれると思うと、また緊張が増していきます。
そして、迎えた7月15日の選考会。掛け値なしに人生で一番緊張しました。政権を揺るがすような記事を出す時、政府や財界の要人に会う時も「なるようにしかならない」とあまりテンパらないのですが、今回はいきなりもう嚙みまくりでした。
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