2017年から放送が始まったドラマ『やすらぎの郷』が、大きな話題を集めた。脚本は、倉本聰さん。劇中で描かれる“老後のリアル”は、多くの人の胸に刺さった。誰もが迎える「死」をどう受け入れるか。同作に出演した「やすらぎ俳優」たちの“理想の死”を倉本さんが語った。
"老後のリアル"を俳優にインタビュー
「僕は、人間には2つの死があると思うんです。肉体的な死と、他者の中からその人の存在が完全に忘れられるという死です。『やすらぎの郷(さと)』に入居している元スターたちは、後者の死に対して怯えや悲しみを持っているわけです。そのために様々な抵抗を試みる。老いたスターの物語は、人間の生と死の現実を見つめるにあたって、なにかしら普遍的な問題を浮かび上がらせるに適した題材なのではないかと思いますね」
2017年4月からテレビ朝日系列で放送が始まった、昼の帯ドラマ劇場「やすらぎの郷」が、大きな話題を集めた。
舞台はテレビの黄金時代ともいうべき昭和に“一時代を築いた芸能人や制作者”のみが入居できるという、東京近郊の謎の高級老人ホーム「やすらぎの郷 La Strada」。数々の賞に輝いてきた有名脚本家を中心に、往年の映画スターやミュージシャンなど個性的な入居者たちが騒動を巻き起こし、さまざまな問題に直面する。世間から存在を忘れ去られていく“老人の寂しさ”、遺産相続や高齢者の運転免許証更新の是非、認知症や親しい人の死など、どれも視聴者のすぐ身近にあるものばかりだ。
脚本家・倉本聰さんによって、時にはユーモアを交えながら描かれた、“老後のリアル”は、多くの視聴者の心に深く突き刺さった。
倉本氏
現在はその続編、「やすらぎの刻(とき)〜道」が放送されているが、3月の最終回に向かって、物語はどう展開していくのか、ますます目が離せない状況となっている。
番組の公式ムックとして刊行された「やすらぎの刻〜人生が豊かになる名言集〜」(文春ムック)では、倉本さんをはじめ、出演している俳優たちに“老後のリアル”についてインタビューを重ねている。
「あなたが死ぬ時、どんな死に方を望みますか?」
「あなたは、今でも若い人と恋愛をしたいですか?」
そうした不躾な質問にも、あるときは役と自らを重ね、あるときは役から離れて、赤裸々に語っているが、中でも誰にでも等しく訪れる「死」についての言葉は、読む者の胸に迫る。
倉本聰さんへの新たなインタビューを中心に、書籍からの抜粋を交えつつ、それぞれの人生観、死生観から導かれた言葉を味わいたい。
倉本さん自身が老いや死を意識するようになったのは、80歳頃からだと振り返る。2018年1月には、日本尊厳死協会の顧問にも就任。倉本さんが83歳の時のことだ。
尊厳死について考えるようになったのは、さらにさかのぼって2008年に放送された緩和医療をテーマとしたドラマ「風のガーデン」の脚本を手掛けた頃だという。
「あのドラマは余命わずかな医師が主人公だったので、緩和医療を行う医師やその患者などと接する機会がありました。そのうち、僕の周囲の人たちもどんどん死に始めたんですよ。直近だと『やすらぎ』シリーズにも出てくれていた八千草薫さんが亡くなられたけど、『風のガーデン』の時も、緒形拳さんが亡くなられたしね」
尊厳死は周囲の問題
日本尊厳死協会では、自分の病気が治る見込みがなく死期が迫った時に延命治療を断る「リビング・ウイル」(終末期医療における事前指示書)を登録管理している。本人が署名した「リビング・ウイル」を医師に提示すれば、延命治療を施されないことになっているが、必ずしもその通りになるとは限らない。なぜなら、本人が意識を失って倒れてしまっては、医師に対して「リビング・ウイル」を見せることも、「延命治療は望まない」という意志表示もできないからだ。
「僕も日本尊厳死協会の会員証を持っているけど、こっちの意識がなくなってしまえばどうしようもない。尊厳死とは、実は本人じゃなくて周囲の問題なんですよ。だけど、そこを誤解している人が多い。
例えばうちのかみさんが倒れた時、かみさんがどんな考えなのかを普段からちゃんと把握していれば、それに沿って医師に希望を伝えられる。それができるのは周囲の人だけ。だから、日頃から尊厳死について話し合っておかなきゃいけないし、周りもきちんと知っておかないといけないんだ」
ところが、本人が自分の意志を伝えるべく、周囲に話をしようと試みたものの、「死ぬなんて縁起でもないからやめて」と聞く耳すら持ってもらえなかったという人は少なくないという。
「それがまずいんだよ。僕はかみさんにもマネージャーにも伝えてるよ。植物人間になっても生きるということは全く必要ない。85歳になった今も、まだやれることやできることはあるかもしれないけど、そんなことを考えたらきりがないですからね。いい加減、どこかで『やりつくした』『ここまでやったんだからもういいでしょう』という気にならないと。そしてそのことを周囲にも納得させておかないとだめなんですよ」
「俺、もう逝くよ」
医学の発達とともに、昔ならとうに死を迎えていた状態でも、人工呼吸器の装着や人工栄養補給といった生命維持のための措置を行うことで、生き続けることが可能となった。しかし、そうまですることが、本人にとって幸福なのだろうか。
倉本さんは、「人間の命の価値は何よりも尊い」と言うものの、その「尊さ」の意味を考え直す時期に来ていると感じている。
「知り合いに鼻から管を入れられて酸素を送りこまれている男がいるけど、嫌がって自分で管を取っちゃうんですよ。そうすると管を取らないように、手にミトンのようなものをつけられて縛られちゃう。人間扱いされていないんです。
作家の吉村昭さんが晩年、人工呼吸器を付けられてベッドに寝ていましたが、奥さんの津村節子さんからいただいた手紙によると、ある時、『俺、もう逝くよ』と言って、自分で呼吸器を外されたそうです。津村さんは『私は主人の自裁を見ました』と手紙に書かれていました。
『人間の命の価値は何よりも尊い』なんて言葉があるうえに、医学が進歩したので生かしておけるから生かすんだという、ある意味では、はた迷惑な思想もでてくるんです。本人の意思と関係なく、たとえ意識がなくなっても生かしておくことがヒューマニズムということになっちゃってるわけですよね。でも、そうじゃないと思うんですよ。
日本にも昔から『姥捨て』とか、東北の『でんでらの』といった風習がありますね。あれもいわば『老い』を見据えた1つの儀式だったわけです。年老いて人に迷惑をかけるのが嫌だから、と自ら進んでそういう最期を迎える人がかつてはたくさんいた。
僕は、親父も婆さんも目の前で死にゆくのを見届けているので、死の間際の苦しさがよくわかるんです。そこに立ち会った人間として、もう少し楽にしてあげたかったという気持ちはある。それが尊厳死につながるんじゃないですか」
人は死んだら無になる
そして、倉本さんは現代社会において、人間は不自然な生活を送っており、そのことが「死」のかたちを変えてしまった一因だと指摘する。
「先日、外食チェーンのすかいらーくグループが全店で24時間営業を廃止すると発表したじゃないですか。本来、人間は明るくなったら目を覚まして働き、暗くなったら仕事を終えて寝ていた。僕なんかはもともとそういう生活をしていたけど、今は違う。本当なら寝ているはずの夜中に店を営業するために従業員を配置し、電力やガス、水などを使うというように、いろいろと不自然なことになるわけです。
僕はなんの宗教も信じてはいないけど、本来、人は死んだら無になってしまうもの。肉が獣や虫、なにかの菌に喰われて土に還っていく。その繰り返しが地球の営みだと思うんですね。それが複雑になって感情も絡み合ってきちゃうから、いろんな問題が生じてきていると思うんだ。
野生の動物はコロリと死ぬ。死んだ動物のつがいや仲間がしばらくそばにいることはあっても、そこに悲しみがあるのか、忘れてしまうのかどうかもわからないが、スッともとの暮らしに戻っていく。お葬式なんかしない。
一方、人間の社会では葬儀や墓への埋葬がある。これって残された人間の死んだ人に対する思い出とか記憶を重要視しすぎちゃうからこういう不思議なことが起こるんです。残った人間の悲しみというのに、比重がいきすぎてしまっていると思うんです」
倉本さんは、大切な人を失ったとき、悲しみに打ちひしがれるのは当然だが、残された人間は、どこかで諦めることが必要だと考えている。
昨年10月、女優の八千草薫さんが亡くなった。倉本さんと八千草さんは「前略おふくろ様Ⅱ」をはじめ、半世紀にわたって公私で親しく交流があったという。奇しくも、「やすらぎの刻〜道」が八千草さんの遺作となった。
八千草薫
「八千草薫さんとは最期まで付き合いがあったので、亡くなった時はもちろん悲しかったですよ。でも今はもう残っていない。残っていない、というのは、記憶という箱に入っているので、毎日そのことに思い悩んでいるわけじゃないということです。もちろん簡単に整理できるわけじゃなくて、感情の中では整理がつかないですよ。まあ、一種の諦めでしょうね。亡くなった事実は受け入れざるを得ない」
「やすらぎ」シリーズだけに目を向けても、出演者の野際陽子さん、津川雅彦さん、佐々木すみ江さん、織本順吉さん、山谷初男さん、八千草薫さん、梅宮辰夫さんらがこの世を去っていった。
倉本さんは表面的に命を尊び、いたずらに生きながらえさせるのではなく、本人の苦痛を排除し、本人の意志を尊重することこそ、死を尊ぶことだと考えている。
「八千草さんは『死に顔を誰にも見せないで』といって亡くなっていった。それは彼女の最期の意志であり、たぶん八千草薫のかわいいイメージを世の中に残したまま死んでいきたいという気持ちがあったんでしょうね。
僕は死に顔を見られようと平気だけど、見知らぬ人の前で素っ裸にされて体を拭かれ、『あいつのちんちんはこれくらいしかなかったのか』とか思われるのは嫌ですね(笑)。そういうのは身内でやってほしい」
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source : 文藝春秋 2020年3月号