なぜ3人の男たちが号泣したのか――りくりゅう「奇跡の金」の軌跡

野口 美惠 スポーツライター

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コーチ、トレーナー、強化部長。電撃引退・りくりゅうを支えた3人が列島を沸かせた黄金の道を振り返る

《この度、三浦璃来・木原龍一は今シーズンをもちまして現役を引退することを決断しました。(中略)私たち「りくりゅう」は、たくさんの方々に支えていただきながら競技活動を続けてくることができました。(中略)Brunoコーチ、コーチングチームの皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです》

 4月17日、連名で引退を発表した“りくりゅう”こと三浦璃来・木原龍一ペア。コメントに綴られているのは、ブルーノ・マルコットコーチをはじめとするスタッフへの感謝の想いだった。

 7年にわたり2人を指導してきたマルコットは、こうメッセージを返した。

「璃来と龍一。あなたたち以上に、五輪の栄冠にふさわしい人間を、私はほかに知りません。2人から学んだのは、正しい方法で努力を重ね、正しい心を持つ人間が、世界一になれるということ。2人はリンクに太陽をもたらし、私は毎日『最高のコーチになりたい』と奮い立たせられました。ともに成長した日々は、私の誇りです」

 長く環境面での支援を続けた、日本スケート連盟フィギュア強化部長の竹内洋輔は、目頭を押さえる。

「13年前、龍一くんがペアへの転向を決意してくれた。当時の日本フィギュア界の状況を思えば、何も見えない暗闇に飛び込むようなものでした。我々には、彼の人生を大きく変えた責任があった。大変な苦労を経てここまで辿り着いた、その日々を目撃できたことが、最大の財産です」

 トレーナーの渡部文緒は、2人の歩みに敬意を表する。

「2人は日本の後輩たちに『綿密な準備があってこそ、頂点に辿り着く』という明確な基準を見せてくれた。それがトレーナーの立場として何より嬉しいことです」

 五輪の頂点を目指すような選手には、必ず正しい方向へ導くコーチがいる。「コーチ」という言葉の語源は「馬車」である。「大切な人を目的地まで送り届ける」という役割から派生し、今では「目標を持った人を、ゴールに導く支援者」という意味で使われる。

 木原龍一と三浦璃来。2人のスケーターにも、奇跡の道筋を照らした「支援者」がいた。それがマルコット、竹内、渡部という3人のプロフェッショナルである。3人は、あの奇跡の金メダルの瞬間、リンクサイドに立っていた。

〝りくりゅう〟こと三浦璃来&木原龍一ペア 🄫JMPA

 日本のペアには苦難の歴史があった。古くは旧ソ連からメソッドを学び、1972年の札幌を皮切りに三度の五輪に出場したが、国内の練習拠点だった松戸市のリンクが2002年に閉鎖されてからは、完全に育成が途絶えていた。

 ひとすじの光が差し込んだのは、14年のソチ五輪でフィギュアスケートに新種目「団体戦」が加わったことだ。竹内が当時を振り返る。

「シングルでは浅田真央、羽生結弦、高橋大輔らがいて、アイスダンスのカップルもいた。ペアにも高橋成美&マービン・トラン組がいましたが、トランがカナダ国籍のため日本代表として五輪に出られない。団体戦に向け、日本国籍の新たなペアを結成し、国内のペア指導者の育成も図りたいと考え、11年からカップル競技育成策が始まりました」

 しかし新たなペアが見つからないままソチ五輪まで1年と2カ月を切った12年末、高橋がトランとペアを解消したことで、日本男子と組ませて五輪を目指すことになった。白羽の矢が立ったのが、トライアウトに呼ばれていた木原だった。

「龍一くんは、まだシングル選手として続けたい気持ちがあった。『ペアとして筋力や体幹を鍛えることはシングル競技にも生きるよ』と説得したことを覚えています」

 木原はペア転向を決意し、トレーニングを重ね、高橋とともにソチ五輪に、さらに18年の平昌五輪は須崎海羽と組んで出場した。しかし木原は「五輪の団体戦で、僕たちはいつも下の方の順位。チームジャパンの力になれていない。チームメイトに申し訳ない」と複雑だった心中をのちに明かしている。ふたたびペアを解消した木原は、引退も考えた。年齢は、すでに26歳だった。

見たこともないような高さ

 だが、19年5月12日、運命の日が訪れる。連盟のカップル競技育成策は9年目に入っていた。マルコットはあの日を鮮明に覚えている。

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source : 文藝春秋 2026年6月号

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