「日本の指名委員会制度には欠陥がある」(冨山和彦)
臨床検査薬、受託臨床検査大手のH.U.グループホールディングス(以下H.U.)のコーポレート・ガバナンス(企業統治)に激震が走っている。2020年初頭から猛威を振るったコロナ禍ではPCR検査で多くの日本人がお世話になった国内検査薬大手で、前社長以下4人の経営幹部が6月の株主総会後に一斉に退任する。大株主のアクティビストの「提案」に社外取締役が「過剰反応」してCEO(最高経営責任者)をすげ替えたことがきっかけで、取締役会と執行部の信頼関係が瓦解したと見られる。
異変が起きたと見られるのはH.U.が2025年度第3四半期の決算の記者会見を開いた今年の2月9日。担当者による決算の説明と4月にCEO就任が決まっている石川剛生氏の挨拶が終わると、CEO(現在は執行役)の竹内成和氏がおもむろに語り始めた。
「各方面から問い合わせがあるので、一言、補足させていただく。私は本年6月の株主総会をもって取締役を退任し、執行役も退任します。会長として残ることもありません。(CFO=最高財務責任者)北村直樹氏も一身上の都合で取締役および執行役を退任いたします」
「なお私は、1月14日の取締役会において、(石川氏を新CEOとする)指名委員会の提案に反対を申し上げております」
会場は水を打ったように静まった。
背景にはアクティビストが
指名委員会等設置会社であるH.U.では、新CEOを指名する「指名委員会」は4人全員が社外取締役で構成されている。その指名委員会の「次期CEOの指名提案」に現CEOが「反対」しているというのだ。現CEOの竹内氏は取締役会で「解任」されたことになる。

記者会見に出席したり、オンラインで参加したりしていた新聞、雑誌の記者や、証券アナリストの多くは、「クーデターか!?」と考えたに違いない。だが竹内氏は続けてこう言った。
「くれぐれも誤解のないようお願いしたいが、私は石川さんがCEOになることや、私自身が退任することに反対しているわけではありません」
石川氏のCEO就任を認めるのに、「石川氏を次期CEOとする」という指名委員会の提案には反対する。一体どういうことなのか。会場から質問が出た。
――石川氏のCEO就任に反対ではないのなら、なぜ指名委員会の提案に反対したのですか。
竹内氏はこう答えた。
「私は『株主の共同利益』を意識して経営をしてきました。2023年に始まった、今回のCEO選定プロセスは、他の指名委員会等設置会社と同じように、指名委員会と現職のCEOである私が中心となってサクセッション・プラン(後継者の選定計画)をセットしました。ところが昨年の4月、5月頃から私はサクセッション・プランの会合に全く呼ばれなくなり、委員会で大方の結論が出たであろう昨年10月に10分程度の形式的なヒアリングを受けただけでした」
「指名委員会が出した結論は、特定の大株主、メディアではアクティビスト的と言われることもある投資ファンドが当社に求めていた要求とほぼ同様のもので、私はそこに強い違和感を感じました」
「特定の大株主の意見を最優先にして指名委員会が今回の決定をしたとすれば、それは『株主の共同利益』に反するのではないか。このようなプロセスを放置したまま退任してしまうのは、自分が置かれた責任上、私としては我慢できないし、当社のためにもならない。それで1月14日の取締役会で反対の意見を述べました」
「なお、この日の取締役会では、4人の次期CEO候補の1人だった北村さんも当事者であることから、指名委員会の提案に対する決議を棄権しています。2人の社内取締役(H.U.の取締役は全部で9人。このうち7人が社外取締役で執行役を兼ねる社内の取締役は竹内氏と北村氏の2人だけ)のうち、CEOの私が反対、北村さんが棄権したことをプレスリリースに明記すべきだと私は主張しましたが、取締役会の反対で公表できませんでした」
竹内氏が言う「アクティビスト的と言われることもある投資ファンド」とは、米国に本拠を置く資産運用会社のGMO(日本のネットサービス大手、GMOとは無関係)。現在、H.U.株の約10%を保有している。
東証プライム上場のH.U.は指名委員会等設置会社で、取締役会は9人中7人が社外取締役という米欧型のガバナンスを採用している。ソニーが日本企業で初めて経営の執行と監督を分離する「執行役員制度」を導入したのが1997年。以来30年近くに渡り、多くの日本企業が経営の透明性を高める改革を続けてきたが、H.U.の事例は「外部人材による監督」の問題点を浮き彫りにした。
CXO全員退任の異常事態
H.U.の旧社名は「みらかホールディングス」。2005年に臨床検査薬(IVD)大手の富士レビオと、受託臨床検査(LTS)のエスアールエルによる経営統合で発足した。アルツハイマー病関連検査試薬は神経疾患の分野で世界トップに立っており、2020年代前半のコロナ禍ではPCR検査受託、抗原検査試薬の開発・安定供給でパンデミックの収束に貢献した。受託臨床検査でもがん・遺伝子検査などの「特殊検査」に強みを持つ。
売上高2474億円、営業利益48億円(いずれも2026年3月期連結)の会社がただならぬ状況に陥っていることがわかったのは今年の4月。竹内成和執行役(前CEO)と北村直樹執行役常務CFO、小見和也執行役CTO(最高研究開発責任者)、清水俊彦執行役CIO(最高IT責任者)。「CXO」4人全員が、6月16日の株主総会後に退任することが発表されたのだ。

指名委員会等設置会社であるH.U.では業務を執行する執行役員と、それを監督する取締役の役割分担が明確にされており、日常の業務は竹内氏ら執行役員が担っている。執行部の長である「CXO」が全員退任する、というのはどう見ても異常事態だ。4人のCXO以外に、グループで重要な役割を果たす事業子会社のトップも退任を表明しており、証券アナリストの間では「会社の経営が回らなくなるのではないか」との懸念も出ている。
GMOの提案を却下
衝撃的な「CXO全員退任」。背後にあるのは、会社の生え抜きを中心とした執行部と、9人のうち7人が社外取締役で構成する取締役会の相互不信である。
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