俳優・天本英世(1926〜2003)は、「死神博士」など数多くの「怪人」を演じた。作家の矢作俊彦氏が怪優との一夜を回想する。
20歳を過ぎたばかりのころ私は代々木上原に住んでいた。井の頭通りと小田急線が交差するあたりで、当時はまだ踏み切りだった。
深夜、アパートの前でタクシーを降りた私は背後の足音に振り向き、凍りついた。一筋の狼煙の如き人影が、そこを渡ってくる。
まさに怪しの翳。マントを翻し、大きな柱時計を担いでいる。ヘッドライトが差すと、それが天本英世だった。夢か現か、疑うことさえ忘れ、ただただ立ち竦むしかなかった。
そのとき、踏み切りが鳴った。警光灯が彼のマントを赤く染めた。私の頭蓋に高笑いが、暗黒の頌歌よろしく響きわたった。当時の子供なら、すぐさま死神博士を思ったろうが、あいにくこちらはまだ焼け跡が残る空き地の子供、思ったのは他でもない、帝都東京を地獄の底に落とす怪人、二十面相その人だった。
ところが天本英世は怪人二十面相そのものを演じたことがない。テレビシリーズのいくつかに『二十面相が化けた誰々』として登場した程度だ。
だからそのころの私にとって、彼は死神博士どころか妖怪博士ですらなく、溝呂木省吾博士そのものだった。
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