
経済学者・成田悠輔氏がゲストと「聞かれちゃいけない話」をする対談連載。第12回目のゲストは、黒田東彦さんです。
※この対談のノーカット版は後日、「文藝春秋PLUS」で公開予定です
くろだ はるひこ 1944年、福岡県生まれ。大蔵省(現・財務省)財務官、アジア開発銀行総裁などを歴任。2013年から日本銀行総裁を歴代最長の2期10年務めた。
成田 最初にお聞きしたいのが、実は精神論なんです。日銀総裁の10年間(2013~23)、無数の批判に晒されながら最後まで異次元緩和政策を貫かれた。その鋼のメンタルはどこから?
黒田 一番大きいのは、安倍総理が私を総裁に指名した意図ですよね。私の前の15年間、1998年から2013年まで3代の総裁(速水優・福井俊彦・白川方明)は全員、日銀の生え抜き。それで15年間デフレが続いた。そこをひっくり返してほしいという意図だろうと分かったので、お引き受けしました。
ただ引き受けたものの、私は大蔵省、財務省にいたときも国際金融が中心で日銀の金融政策とかは全然タッチしたことがなかったんです。けれど就任前に福井元総裁から「あなたの思うようにやりなさい。スタッフはちゃんとついてくるから」と言われて、「そんなものかな」と思ってなってみたら実際にそうでした。

成田 では今2013年に戻っても日銀総裁を引き受けられますか。
黒田 そうですね。10年間ですごく大変だった感じは全然ないんですよね。私は日銀総裁の前にアジア開発銀行の総裁を8年間(2005~13)やっていたので、正直言うとアジ銀の方がずっと大変でした。
成田 それは意外です。
黒田 何が大変かというと、アジ銀というのは各国が「株主」で最大の出資国が日本とアメリカなんです。まずこの両者で意見が違うことがある。で、3番目の中国と4番目のインドは、何についても反対し合う関係ですからね。そうした中で個別プロジェクトをまとめるとなると、これは本当にもう……(笑)。
もちろん役割としては日銀の方が決定的に大きい。世界第二の経済大国に決定的な影響を与えるわけですから。けれど、そこまでのストレスもなかったし、楽しくとはいかないですけど、今またなれと言われても平気でなります。
成田 黒田さんの炎上力と鈍感力を私も見習いたいです(笑)。
総裁打診は唐突だった
成田 日銀総裁卒業後の最近はどんな日々を過ごされていますか。
黒田 いまは、政策研究大学院大学のシニアフェローとして大学院生向けに単発の講演をしたり、霞が関の人たちにも入ってもらって、例えば「世界経済秩序の変容と展望」という研究会をやったりしています。トランプ関税はじめ国際経済秩序はガタガタになっていますよね。そこで専門家や学者などを招いて現状を分析して、今後日本がどういう方向に進むべきかを議論していますが、「これは」という答えは出てきませんね。
成田 霞が関横断の経済論戦と言うと、小泉政権以降の経済財政諮問会議はその役割を目指しましたね。
黒田 そうですね。私は小泉政権では内閣官房参与をしていましたが、小泉総理には「田中角栄以来続いてきた経世会の金権政治、派閥政治を壊す」というグランドストラテジー(国家的大戦略)がありましたね。その手段として、総理直轄の政策会議をうまく機能させていた。

成田 表面的には有識者会議という体裁で、大戦略を官邸主導で突き進めるための飛び道具でしたよね。
黒田 そういう意味では安倍総理にも「平和安全法制をやる」というグランドストラテジーがありました。そのためにアベノミクスで経済の低迷を打破して、参院選と衆院選で大勝利し、2015年に平和安全法制を国会で通した。小泉政権にしても安倍政権にしても明確でした。
成田 安倍政権の大戦略との二人三脚で異次元緩和デフレ脱却作戦を仕掛けたのが黒田さんですが、その野望はいつ固まったのでしょうか。
黒田 アベノミクスは2013年の1月に安倍総理が打ち出したわけです。その前に日銀の金融政策決定会合では、白川総裁のもとで物価安定目標を2パーセントと決めて、それを早期に実現するために金融緩和を行うということまで、決まっていた。
成田 目標は先に決まっていて、その実現のための奥の手が黒田異次元緩和だった、と。安倍政権からの指示や示唆はありませんでしたか。
黒田 それは全然ない。そもそも安倍さんと人間関係といえるものもなかったんです。小泉政権で参与だったときも当時官房副長官だった安倍さんとはほとんど接点はない。
成田 じゃあ総裁打診は唐突に?
黒田 そうそう。2013年の2月だか3月に、いきなりオフィスに安倍総理から電話があって、「日銀総裁に指名したい」と。

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高市政権の経済政策は?
成田 そこに至る前に様々な結託があったという噂は妄想ですか。
黒田 イェール大学の浜田宏一先生が推したという話はありました。浜田先生は昔から知っていて。大蔵省主税局の調査課にいた81年、私が『財政・金融・為替の変動分析』という本を書いたら、意外と売れて印税で車まで買えたんですが(笑)、この本について関西の経済学者が集まるカンファレンスで報告することになった。その時、ホテルの同部屋に泊まったのが浜田先生。浜田先生はお好きなんですよね、冷蔵庫からビールを出してガバガバ飲んで(笑)。面白い先生でした。
成田 私も同僚なので、浜田先生の酒豪伝説はよく存じ上げてます(笑)。その浜田先生はじめ、高市政権の経済政策を批判する論客が増えていますね。積極財政・金融緩和を掲げて遅れてきたアベノミクスの亡霊感があるが、今はアベノミクスのときとは日本と世界の経済状況が全く違う、と。どうお考えですか。

黒田 私も同じ意見です。アベノミクスの時は円高でデフレだったから「金融緩和」と「機動的財政」が効いた。けれど今は逆に円安でインフレなんだから、本来は金融も財政も引き締めるべきだと思います。AIなど最先端技術を財政で支援するのはいいと思うんですけど、物価高対策として「おこめ券」のような形で出しちゃうと、むしろインフレを促進する可能性があると思います。
成田 やはり高市政権の経済政策のビジョンは何か? に行きつきますね。私には何も見えないです。
黒田 どういう戦略で何を変えていくのか、まだ見えづらいですね。
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