加藤唐九郎 窯大将の末裔

加藤 高宏 孫・陶芸家
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陶芸家・加藤唐九郎(1897〜1985)は、志野や織部など桃山のやきものの美を現代に蘇らせた。1960年、唐九郎は37年に鎌倉時代の古瀬戸を模して作った瓶子が重要文化財に指定されてしまった、いわゆる「永仁の壺」事件の渦中の人となり、すべての役職を辞したが、その後も旺盛な創作意欲は衰えなかった。孫で陶芸家の加藤高宏氏がその素顔を語る。

 僕と兄は自分で言うのも何ですが、祖父の唐九郎にすごく可愛がられました。弟子が家を訪れたときに祖父が孫を抱いて目尻を下げている姿を見て、「あの鬼の唐九郎が……」と驚いていたそうです。

 唐九郎は1935年に瀬戸から名古屋市守山区の翠松園に制作の拠点を移し、そこで88年の生涯を終えました。亡くなったのは僕が13歳のときです。当時、唐九郎は三男で陶芸家の重高の家族と数人の内弟子と生活をともにし、一家でやきものを制作していました。翠松園の自宅は一つの工房であり、運命共同体でした。重高の元に生まれた僕たち兄弟は、ろくろ場で内弟子に遊んでもらったり、穴窯を滑り台にしていましたが、唐九郎に怒られたことはありませんでした。唐九郎の祖母たきは幼少の頃の唐九郎にもやりたいようにさせ、ろくろ場で遊ぶのを許していたそうで、唐九郎もその教育方針を受け継いでいたのかもしれません。唐九郎は両親によく「陶芸をやれ、とは絶対に言うな、本当にやれるやつは、やるな、と言ってもやる。それぐらいじゃないと絶対にものにはならない」と言っていたようで、実際に僕も両親から一切そういうことは言われませんでした。

加藤唐九郎 Ⓒ文藝春秋

 たきは戦国時代より美濃から尾張にまたがる地域の陶工を「窯大将」として束ねる一族の末裔でしたが、たきの家は明治に入って没落していました。そこで、たきは家を再興しようと、唐九郎に英才教育を施した。幼少の頃から仕事場に出入りして、やきもの作りに必要なあらゆる技術を会得した唐九郎はいわば陶芸のネイティブ・スピーカー。大人になってから陶芸を始めたのでは、辿り着けなかったであろうところにいたと思います。

 当時、離れに住んでいた唐九郎の1日は、昨日の出来事や会った人との会話、仕事の進捗などを記したメモを元に万年筆で日記を書くことから始まりました。一人称は「我」。唐九郎は大変な筆まめで10代の頃から亡くなるまで日記を毎日欠かさずつけていました。志野や織部など、唐九郎が取り組んでいた、やきものについての考察も書かれていて、唐九郎はさらにそれらを抽出して別のノートに整理していました。僕はそれを読んで、やきものを覚えました。自分の仕事を始めるのは、たいてい午後からでした。

加藤高宏氏 Ⓒ文藝春秋

 夕暮れどきに突然、ろくろ場に入って来て、「あの土を練ってくれ」と弟子に命じて、ろくろを引きはじめることもありました。そのとき僕は弟子と遊んでいたのですが、唐九郎が入って来た途端に空気が張り詰めました。弟子は一心不乱に土を練りはじめ、僕がちょっかいを出しても一切相手をしてくれない。唐九郎は腰を下ろして顎を杖に載せ、その様子を凝視している。頭からはメラメラと湯気が立っていた。「鬼の唐九郎」を垣間見た一瞬でした。

アイドルは漱石

 唐九郎の最大の仕事は、桃山の「茶の湯」から生み出された茶碗の普遍的な美を現代に復活させたことでしょう。でも、桃山の美の伝統を継承した上で、近代の芸術家に求められる作家個人の表現もしなければならない。唐九郎には常にそのような葛藤があったのではないかと思います。だから、唐九郎の憧れのアイドルは夏目漱石でした。集団を最優先に考える前近代と個人を中心に置く近代の間で懊悩した漱石に唐九郎は自分を映していた。唐九郎は窯屋に生まれて、家の再興を担いますが、20代後半で個人作家として生きていくことを決意しています。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

genre : ライフ アート ライフスタイル