尾上 縫 神のお告げ

森 功 ノンフィクション作家
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神のお告げで値上がりする株の銘柄を言い当てるとして知られた料亭の女将、尾上縫(おのうえぬい、1930〜2014)。なぜ彼女は天才相場師となれたのか。ノンフィクション作家の森功氏が、背景を浮き彫りにする。

 生前の尾上縫は、高野山金剛峯寺の別格本山普賢院にある墓所に実母の墓を建立した。1980年代後半の泡沫景気をひといちばい謳歌し、「北浜の天才相場師」と変称された。並み居るバブルの怪人物のなかでも、とりわけ稀有な存在といえる。

 縫は大阪ミナミの千日前で料亭「恵川(えがわ)」を経営するかたわら、株式投資を繰り返してきた。恵川とともに経営していた大衆料理屋「大黒や」の中庭に不動明王や弘法大師の石仏を飾り、数千万円もする大きなガマガエルの石像を拝んだ。

「神のお告げがあった。NTTあがるぞよー」

尾上縫 Ⓒ朝日新聞社

 そんな塩梅で高騰する株式銘柄を占い、みごとに的中させた。やがて大銀行や大手証券会社の営業マンたちが、彼女の店に日参するようになる。縫は一度に20億円、1日で数百億円分の株を買い、大きな相場を張った。旧日本興業銀行をはじめとする日本の銀行が巨額の融資を繰り返し、彼女は50を超える金融機関から、延べ2兆7000億円も借金を重ねた。事件当時の89年から92年までの支払い金利だけでも1100億円、ピーク時の借入額は実に1兆円を超えていた。

 当人は戦前の1930年2月22日、男2人、女4人の6人きょうだいの3番目にあたる次女として奈良県に生まれた。周囲には、生家が吉野の豪農で、奈良女子高等師範(現・奈良女子大学)卒と嘯(うそぶ)いたが、真っ赤な嘘である。橿原市新口町(にのくちちょう)の生家は、私電の線路脇にある6畳1間の棟割長屋だった。父親は定職に就かない遊び人で、彼女が尋常小学校に入学する前に早逝している。女手一つで育てられた彼女の住む陋屋(ろうおく)には、ときおり実母のパトロンが訪ねてきて、きょうだいたちはその間、家の外で辛抱強く待った。

森功氏 Ⓒ文藝春秋

 文字どおり赤貧洗うがごとき尾上家の次女は終戦の混乱期、14歳で国民学校高等科を卒業し、故郷の農村を離れた。最初は町工場で働き、やがて大阪でデパートの呉服売り場の準社員となり、店内で評判を呼んだ。売り場の前を通り過ぎた客が振り返るほどだったという。18歳で見合い結婚をして女の子をもうける。だが、結婚生活はわずか6年で終息し、縫は長女を前夫に預けてすき焼き屋「いろは」の仲居として働くようになる。それが転機となった。客の1人に見初められ、独立資金を援助してもらう。1965年に恵川をオープンすると、大物財界人のみならず、政治家や芸能人やスポーツ選手が店を贔屓にした。

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source : 文藝春秋 2025年8月号

genre : ライフ マネー ライフスタイル