デュトワが歴史を変えた
片山 戦後はさらに、1951年にオーストリア人のクルト・ウェスが常任指揮者となったのを皮切りに、多くのマエストロがN響にやってきました。1997年からコンマスを務められたマロさんにとって、印象的なのはどなたでしょう。
篠崎 私が就任した当初は、ホルスト・シュタイン、ウォルフガング・サヴァリッシュ、ヘルベルト・ブロムシュテット、そしてシャルル・デュトワですね。
片山 まさに黄金時代。恐るべき職人指揮者のシュタインは、70年代から90年代にかけて毎年のように来日しました。サヴァリッシュは1960年代から、ブロムシュテットは80年代から共演を重ね、N響の血と肉を作った名指揮者です。そして、マロさんがコンマスに就任したのと同時期に常任指揮者になったのがデュトワ。これは時代を画しました。
篠崎 N響は放送協会のオーケストラなのに、世界レーベルのレコードがほぼなかった。だから、海外では知る人ぞ知る存在にすぎませんでした。ここを変えたのがデュトワです。世界レーベルで録音し、海外への発信を増やしたのです。すると、「東洋の神秘」扱いだったN響が海外に呼ばれるようになり、一気に躍進した。オランダ公演では「3年以内に戻ってくると約束してくれ」と言われたりね。
片山 マロさんの時代は、フランス系指揮者のデュトワを継いで、旧ソ連育ちのウラディーミル・アシュケナージが音楽監督になるなど、ドイツ・オーストリア色が強いと言われていたN響のイメージが変わる時期でもありました。内部では反発はなかったですか。
篠崎 確かにキャラクターの違う指揮者も来たけれど、根本的なものは一緒なんです。作曲家へのリスペクトがあるから、反発はない。
クラシックでは何年も何百年も同じ曲を演奏するでしょう。つまり、クラシックには「再生と伝承」の強さがあるということなんです。
黒柳 どういうことですか?
篠崎 たとえばポップ音楽だと、ある歌手に対して作曲家が曲を書いて、その人が歌う。だから、他の人が歌う時は、カバーやモノマネに変わるわけです。当人が歌わなくなったら、懐メロとして消えていく。
だけどクラシックは、違う人が同じ曲を何万回と演奏していく。そこには、微妙な違いによって音楽が大きく変わるクラシックならではの再生能力がある。専門的に言うと、クレッシェンドの位置が1拍ズレただけで違う音楽になる。だからこそ、聴いている人は、「この指揮者の音楽だ」という認識になるんです。
※約7000文字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア『文藝春秋PLUS』と『文藝春秋』2026年11月号に掲載されています(黒柳徹子×篠崎史紀×片山杜秀「窓ぎわから見たN響100年の秘密」)。
・空襲の4日後に演奏会
・一人でも欠けたら曲にならない
・音楽が世界を一つに

