1926年に創設された日本初の本格的なオーケストラ「NHK交響楽団」(以下、N響)が、今年10月、100周年を迎えた。
この大きな節目を受けて、10月9日発売の「文藝春秋」11月号では、特別座談会を開催。戦前のN響でコンサートマスター(第一バイオリン、演奏者側の最高責任者。以下、コンマス)を務めた黒柳守綱さん(1908年~1983年)を父に持ち、バイオリニストで弟の紀明さんも長くN響で活躍し、長年N響の演奏を観てきた黒柳徹子さん、N響で長年コンマスを務めたバイオリニストの篠崎史紀さん、思想史研究家・音楽評論家の片山杜秀さんが、N響の歩みを語り合った。
有名指揮者が泣きながら怒っていた光景を覗き見て……
黒柳さんの父・守綱さんは、「N響の中で守綱さんはレジェンド」(篠崎さん)として知られる。
「私が小学生の時、赤坂から荏原にあった練習場まで歩いて5分の場所にわざわざ引っ越したんです。バイオリンを持って出かけていく父に飼い犬と一緒についていって、毎日、外から窓越しに練習を聞いていました」(黒柳さん)
N響では、戦前から今日に至るまで、数多くの有名指揮者がそのタクトを振るってきた。例えば、1936年に来日したジョゼフ・ローゼンストック。N響の基礎を作り上げた一流指揮者である。「まだ小さかったから、抱っこしてもらったこともありました」という黒柳さんに一同が驚きの声を上げる一方、黒柳さんは、ある日の練習場でローゼンストックが泣いている姿を目撃したという。
「鮮明に覚えているのが、首席チェロ奏者の齋藤秀雄さんがローゼンストックさんに何か言って、ローゼンストックさんが泣きながら怒っていた光景です。窓から大人のゴタゴタを覗き見て、『いいとこ見ちゃった』って(笑)…」(同前)
果たして、戦前の練習場で何が起こっていたのか――。 記事の全文は、10月9日発売の「文藝春秋」11月号及び、10月8日先行配信中の「文藝春秋PLUS」に掲載。父・守綱さんとの思い出やローゼンストックとの交流、篠崎さんが明かした「指揮者と奏者の関係性」「N響の伝統が続く理由」、片山さんが「とても犯罪的」と語った批評家の姿勢など、ここでしか読めないN響100年の歴史を掲載している。

