娘の誕生を機に極道を辞め、入れ墨や指がないことを隠して必死に真面目な勤め人として生きてきた佐藤智明氏。

 自らの会社を興して「一国一城の主」となったが、バブル崩壊の荒波が襲いかかる。借金返済と家族のために下した決断とは何だったのか。新刊『先生は、元極道』(彩図社)のダイジェスト版を紹介する。

 「娘のためにちゃんとすると誓った」はずが…

 塗装工場を約2年で辞めたのは、小指がないことが周囲にバレ始めたからだ。軍手をはめて手を握ると、小指の部分だけ指が立ってしまう。入れ墨があるため更衣室で着替えることもできなかった。

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 次に飛び込んだのは、空調ダクト工事の見習いである。現場仕事には運転免許が必要だった。極道のころは無免許で運転していたが、佐藤氏は「娘のためにちゃんとすると誓った」という。漢字すらロクに読めなかったが、必死に勉強して免許を手に入れた。

元ヤクザの佐藤氏はなぜ「大事な誓い」を破ってしまったのか…(写真:本人提供)

 ダクト工を2年続け、図面を見て工事ができるまでになると、一念発起して『佐藤ダクト工事』を設立する。信念は「ダラダラやらない」。作業が15時に終われば、すぐに片づけて撤収した。もちろん手は抜かない。バブル景気にも乗り、仕事はひっきりなしに入ってきた。

 しかし、好調は最初の数年だけだった。バブルがはじけて新規案件は激減し、大工がダクト工を兼ねるケースも増えた。工事単価は半減し、会社を存続させるために借金を重ねる状況に陥る。結局、会社は倒産した。

 妻がホステスをして生活を支えるようになり、娘の学資保険を解約し、英語塾やピアノ、バレエ教室も辞めさせたが、借金には到底足りなかった。

 そんなとき、世話になった貸元の訃報が届く。葬儀で会った組織の昔の仲間は、口々に「戻ってこないか」と誘ってくれた。送り出してくれた総長の思いを裏切ることになるのではないか。悩み抜いた末、佐藤氏は「普通の、幸せな家庭をもう一度手に入れるため」に極道へ戻ることを決意する。

 組織に戻ると、広告代理店を立ち上げ、さらに縄張り内の風俗店の管理も任された。そうして得た金で借金を返していった。しかし、行き着いた先は監獄だった。30歳のころ、同業者とのちょっとしたトラブルから恐喝未遂で逮捕されたのである。

(つづく)

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