1950年代当時、女性が映画ビジネスの現場で働くことには強い偏見が存在した。秦氏は日本のみならずフランスやイタリアでも「女性が映画の仕事をするなんてみっともない」「おかしい」と言われ、屈辱的な言葉を投げかけられることもあったという。

「映画は芸術であると同時に娯楽でもあり、様々な要素が絡み合う世界です。その中で女性がどう戦っていくかは、決して簡単なことではありませんでした。昨今では『格好がいい仕事だ』と言う女性もいますが、果たして本当にそうでしょうか」

秦早穗子氏 ©2026TIFF

 そうした記憶を辿る中で、秦氏が思い起こしたのが、自身が映画の現場を離れた後に川喜多かしこ氏を取材した日の出来事だった。取材を終えた際、川喜多氏がそっと耳元で囁いたという。

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「『この仕事はなかなか大変だし色々あるけれど、でも、女の人としても結構大変よね』と。それは実にしみじみとした、彼女の本音の言葉でした。当時はまだ若かった私ですが、年齢を重ねるにつれて、その言葉の持つ深い意味やニュアンスが心に染みるようになりました。あの言葉は本当の言葉だった。だからこそ、今日この場へ足を運び、その思いを直接お伝えしなければならないと心が決まったのです」

あちこち道草しながら学ばせてくれるのが映画の面白さ

 受賞を決意した思いをこう語ったあと、秦氏は、フランス語の「エコール・ビュイソニエール(道草すること)」という言葉を引いた。

「日本社会には、一中一高東大を経て大企業へ進むといった縦のレールを良しとする思考が根強くあります。しかし映画というものは、あちこち道草をしながら歩く中で、政治や社会、人種といった様々な問題に出会い、学ばせてくれるものです。私は怠け者ですが、その面白さに惹かれ、細々と今日まで歩んできました。それは男や女を超えた、人間としての一つの生き方ではないかと思います」

秦早穗子氏 ©文藝春秋

 映画がもたらす人生の豊かさこそ、世界情勢が左右に分断し厳しさを増す現代において大切なのではないか――。船出した「川喜多かしこ映画文化賞」が持つ文化的意義に期待を込め、関係者や来場者へ心からの感謝を述べて、秦氏はスピーチを締めくくった。

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