10月11日、ついに東京・豊洲市場(江東区)が開場した。土壌汚染問題により、当初の予定からおよそ2年遅れのオープン。新たな「日本の台所」の幕開けに、世間の注目度も高まった。
通信社で長らく築地を取材してきた私を含め、夜明け前から多くのメディアが市場内で取材を始める中で、水産の卸や仲卸などの市場関係者は、キョロキョロしながら移動したり、不安げな表情で競りの準備に追われたりしていた。慣れ親しんだ築地の光景を脳裏に浮かべながら、新市場の使い勝手に戸惑いを隠せないようだった。
午前3時前には市場内のスロープで、小型車両「ターレ」から出火。消防車の出動によって大事には至らなかったが、競りを控えた卸売場に、築地とはまったく違った緊張感が広がっていた。広々としたマグロの競り場には、生や冷凍のマグロがびっしり。2階の通路はガラス張りで、敷き詰められたマグロたちを一望できるようになった。
仲卸売場に足を運ぶと、ここも築地とは異なる空間が広がる。店ごとにしっかり間仕切りされ、どの店もやや窮屈な印象だ。照明は築地よりも明るく、整然とした通路ではターレが先を急いでいるため、かなりの高速走行。ぼんやり歩いていれば、築地よりもはるかに危険度が高いと感じた。現に開場日の早朝、接触事故が起きてしまった。
市場内を歩いてみて思ったのは、なんだか皆行儀よくなっていることだ。余裕がないことも手伝って、早朝聞かれる威勢のいい「あざーす」などといった荒々しい声が聞こえてこない。ビジネスマン化している。市場内は禁煙だから当然だが、くわえタバコで作業する業者の姿も見えない……。
もはや皆「河岸(かし)の人間ではなくなったのか」と、どこか寂しく感じるくらいだ。施設が開放型だった築地から、きれいで閉鎖型のビルに閉じ込められたことで、完全に皆別人になったようだ。礼儀正しいばかりか、笑い声も少ない。
既に私は築地の飾らない雑然とした光景が懐かしくなっている。
ただ、ある卸幹部は、開場直前に自信たっぷりにこう語っていた。
「豊洲で築地ブランドが継承できるかどうかは、第三者がいうこと。自分たちは意識していない。われわれはただ築地で積み上げ、培われてきたものを引き継ぐだけ。豊洲へ行けば、いろいろな変化が出てくると思うが、おそらくそれを人は『豊洲ブランド』と呼ぶのではないか」
築地ブランドから豊洲ブランドへ――。
築地で長年にわたって商売を続けてきた河岸の男たちは、豊洲の新市場をどう思っているのか。彼らのホンネに迫った記事を「文藝春秋」2018年11月号に寄稿しているので、そちらもお読み頂ければ、業者たちの思いの一端が分かることだろう。