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アイデンティティは「社会的な私」の核心にあるもので、徹底的に社会的な動物であるヒトにとって、それを否定されることは身体的な攻撃と同じ恐怖や痛みをもたらす。人類が進化の大半を過ごした旧石器時代の狩猟採集生活では、集団(仲間)から排除されることはただちに「死」を意味した。自己は社会=共同体に埋め込まれているのだ。
アイデンティティ(共同体への帰属意識)は、「俺たち」と「奴ら」を弁別する指標でもある。それに最適なのは、「自分は最初からもっていて、相手がそれを手に入れることがぜったいに不可能なもの」だろう。
黒人やアジア系は、どんなに努力しても「白い肌」をもつことはできない。これが、アメリカの貧しい白人たちのあいだで「白人アイデンティティ主義」が急速に広まっている理由だ。彼らは「人種差別主義者」というより、「自分が白人であること以外に誇るもののないひとたち」だ。
それと同様に、「自分が日本人であること以外に誇るもののないひとたち」がネット上の右翼、すなわちネトウヨだ。
彼らの特徴は「愛国」と「反日」の善悪二元論で、「愛国者」は光と徳、「反日・売国」は闇と悪を象徴し、善が悪を討伐することで日本が救済される。なぜならそれが、自分たちが置かれた世界を理解するもっともかんたんな方法だから。
ネトウヨに特徴的な「在日認定」という奇妙な行為もここから説明できる。自分たち=日本人と意見が異なるのは「日本人でない者」にちがいない。事実かどうかに関係なく、彼らを「在日」に分類して悪のレッテルを貼れば善悪二元論の世界観は揺らがない。彼らは、複雑なものを複雑なままに受け入れることや、自分のなかにも悪があり、相手が善である可能性を考えることに耐えられないのだ。
だが、人種とちがって国籍は変更可能だ。こうしてネトウヨは、「日本人でない者(奴ら)」が帰化して「日本人(俺たち)」にならないよう外国人(地方)参政権に強硬に反対し、「朝鮮半島にたたき出せ」と叫ぶようになる。
今上天皇が朝鮮半島にゆかりのある神社を訪問したとき、ネットでは天皇を「反日左翼」とする批判が現われた。従来の右翼の常識ではとうてい考えられないが、この奇妙奇天烈な現象も「朝鮮とかかわる者はすべて反日」という日本人アイデンティティ主義から理解できるだろう。
「ぬえ」のような政治姿勢
欧米を中心に「アイデンティティ主義=ポピュリズム」の嵐が吹き荒れるようになった背景には、グローバル化と知識社会化によって主流派の白人が中間層から脱落しつつあるという大きな変化がある。日本の場合は、アジアで最初に近代化を達成し、圧倒的な経済的ゆたかさを実現したという自信が、中国や韓国の台頭によって脅かされ、大きく揺らいでいることがある。