教育者であり策士
そして、どんな時も「野球には人生そのものが出るんです」と妥協は許さなかった。準々決勝の法政大戦に向けた当日練習の前にもカミナリを落とした。ホテルのエレベーターがチェックアウトの多い時間帯でなかなか来ないということがあったとはいえ、数名の選手がバスの出発時刻になっても乗車できなかった。そこで、練習開始を遅らせてでも選手全員を集めて時間の大切さを説いた。
「今日のことを反省できないのなら、このまま出場辞退してもいい。寿命があるように、時間というのは命なんだぞ。それを理解していないのであれば、今日は圧倒的にやられるぞ。それを理解していないのが弱いチームなんだから」
選手たちの目の色が練習から変わった。すると、試合では野村監督の策略に選手たちが見事に応える。
序盤から走者が積極的にスタートを切ったり、切るフリを見せるなど足で細かく揺さぶりをかけた。時にはそれでアウトになっても、ボディーブローのように法政大バッテリーに効いてくると中盤に逆転。ダメ押し点は三塁走者の大きなリードに釣られた相手捕手の牽制悪送球で奪った。
投手陣も各自の適性を見抜いて序盤から積極的に継投して、甲子園のスター選手やプロ注目選手がズラリと揃う法政大に4対2で勝ち切った。「野村野球」の浸透の深さを感じさせる戦いぶりでその後も勝ち進んでいったが、それでも日本一には届かなかった。
この悔しさを下級生は大学野球で晴らせる機会がまだ多くある。ベンチ入りした4年生3人は卒業後も野球を続ける。今後社会に出ても生きることが必ずある。父親の介護のため、今秋限りで退任し故郷の大分に帰ることを以前から決めていた野村監督は、だからこそ最後のミーティングで選手たちに「悔しさ」を植え付けたのだった。
「ダグアウトは教場なんです。だからあの場で前を向いて、“明日から何をすべきなのか? そんなに簡単に勝たせてもらえないよ。もっと練習しないといけないよ”と、次に繋がる言葉を強く言いたかったんです」
誰よりも選手たちを見つめ続けてきた野村監督の言葉。だからこそ、それが深く選手たちの心に響いていたことは、涙で目を腫らしながらもじっと見つめ返す視線から十二分に伝わってきた。
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