8月4日。私は、ももいろクローバーZのライブ会場にいた。かつて雄洋が出囃子にしていた『走れ!』が流れる。走れ、走れ、走れ。たまらず開いた一球速報に「右三塁打」という文字。石川雄洋が通算1000本安打を達成したことを知った。雄洋は走った、走って1000本安打を手に入れた。会場のサイリウムが滲んで見える。

 なんでこんなに嬉しいんだろう、自分でもよく分からない。昔から好きな選手だったとは言えない。イライラしながら見ていた時期もある。かつての、目を背けたくなるようなベイスターズと、石川はいつも重なっていた。はにかむような、泣いてるようなあのヒーローインタビューと、笑顔が止まらないチームメイトと、急遽買いに走ったに違いない、コージーコーナーの小さなケーキ。たぶんあの時、ハマスタは世界で一番幸せな場所だった。

コージーコーナーの小さなケーキで1000安打の祝福を受ける石川雄洋

「叶わなかった未来を、みんなタケヒロに託しているんですよ」

「私生活では、何を着ていても絵になる。高級な洋服を着ていることもありますが、『その服、すごくカッコイイですね! どこのですか?』と聞いて『いや、分からん。どっかの』と答えることの方がむしろ多い。それでも、石川さんが着るとものすごくカッコイイ。スタイルがイイのはもちろんですが、なんでも着こなせてしまうのは、本人の心が何も着飾っていないからでしょう」

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 元ベイスターズの高森勇旗は言う。「着る物だけでなく、人との関係性も非常にナチュラル。先輩だから気を遣うということもなく、誰のペースにも合わせることがないので、むしろ先輩の方が気を遣っていると感じるくらい。後輩とも非常にフラットなので、すごく慕われやすい。でも、本人はあまり興味がなさそうなので、なかなか距離を近づけられない。だから、不意にご飯に誘われた時は、『えっ、僕でいいんですか??』と、思わずドキッとしてしまう」。

「石井琢朗の幻影を背負わされ続けた男」。ライターの黒田創は言う。「山下大ちゃん→高木豊→進藤or琢朗と続いた名ショートの系譜も受け継がれなかったし、兄貴分の内川や村田、藤田もいなくなって切磋琢磨できる同年代も少なくて。そういう意味じゃずっとかわいそうな役回りだった。いつの間にか野手最年長になってレギュラーを外れ、毎年クビを覚悟するようになり、せっかくの日本シリーズも出られなかった」。

「石井琢朗の幻影を背負わされ続けた男」 ©文藝春秋

「誤解されがちな人」記念動画の中で梶谷は石川をこう評した。ヤジを一身に受け、耳栓をして試合に臨んでいた時期もあった。「ストイックゆえに勘違いされる、自分への怒りがやる気ない風に見えてしまいヤジの格好の餌食だ」。ライターの村瀬秀信は言う。「タケヒロは心の声を聞くためにしてたんだ、耳栓を」。

「あれは僕がプロ1年目だったから、石川さんは3年目。ボールが顔に直撃して唇を20針縫う大怪我を負った石川さんは、故障者リストに入りました。横須賀で、一通りの練習を終えてウエイトトレーニングに入った石川さんは、重いバーベルを繰り返し上げながら、『3割30盗塁……3割30盗塁……』と、呪文のように唱えながらトレーニングをしていました」(高森)

「チームメイトはみんな知ってる。タケヒロが誰よりも練習してきたことを。叶わなかった未来を、みんなタケヒロに託しているんですよ。辞めていった選手たちの何人かからタケヒロがいるから大丈夫だ。タケヒロに託してきたなんて言葉を聞きました。愛されているんでしょう。勘違いされてしまう不器用さも含めて」(村瀬)