昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

首位を追いかけるベイスターズを見て思い出す、1997年の“世界でいちばん熱い夏”

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/07/31

 7月が今日で終わる。ベイスターズは1試合を残して今月は14勝8敗1分け。通算49勝44敗3分けの2位である。4月にどん底の10連敗を喫し、5月には借金11を抱えたチームがここまで盛り返せるとは正直思っていなかった。何せ7月16日時点でも借金2だったのだ。順位は2位でも借金生活という歪な状況にずっとモヤモヤしていたけど、それも梅雨明けとともにすっかり晴れた。

 もうひとつ驚くべきはその16日からわずか11日で巨人と7ゲームを縮め、7月27日には3.5ゲーム差まで迫ったこと。巨人が多少モタついたとはいえ、この追い込みは凄い。

 長年ベイスターズを応援する者としては、この展開に仄かな既視感を覚えてしまう。22年前、1997年の今頃も、首位ヤクルトに10ゲーム差の3位。6月終了時点の借金8から勝率5割ちょうどまで盛り返したわがチームに僕らファンは大満足していた。「7月以降にベイスターズが善戦している」。あの頃はそんな何でもないような事が幸せだったのだ。そこからあんなに熱い夏が訪れるなんて誰も想像できなかった。

1997年のベイスターズ 中央は鈴木尚典 ©時事通信社

37年ぶりの優勝が見えた“世界でいちばん熱い夏”

 8月1~3日、2位広島との3連戦をいきなり3タテしてあっさり2位に浮上する。さらに阪神との3連戦も3タテし、7月の終わりから8連勝。この時点で46勝40敗の貯金6だ。とはいえ首位を走るヤクルトは強く、まだゲーム差は6.5。次はそのヤクルトと3連戦だけど、直接対決なんておこがましくて言えない。案の定1勝2敗と負け越し、「さすがに首位争いは無理か。でもよくやったよ」となる僕ら。長年の負け暮らしに慣れていたとはいえ、諦めの早さは当時のファンの悪い癖である。

 しかし石井琢、谷繁らがイケイケの若いチームは、僕らの諦めムードに「まだまだこんなもんじゃねえぞ」と言わんばかりに奮闘する。続く中日との3連戦、横浜での1~2戦を取ると、静岡草薙での3戦目は1点ビハインドの6回に進藤、谷繁、佐伯の3連発で一気に逆転。3者連続本塁打は79年のマーチン、山下、田代以来だった。最後は佐々木が締めて3タテし、92試合目にして50勝到達。当時球団史上4番目というハイペースの勝ちっぷりに、俄かにファンの間で期待がもたげはじめる。翌15日はニッカンとサンスポの2紙で佐伯のガッツポーズが1面。“横浜V号砲3連発”“50勝横浜 奇跡へまっしぐら”。駅の売店やコンビニでこの見出しを目にし、身震いした者は多いはずだ。これは僕らも本気になっていいのか?と。

8/14中日戦3連発翌日のスポーツ紙。この頃から俄かに優勝ムードが高まり始める (左:日刊スポーツ 右:サンケイスポーツ)

 次の巨人戦は1勝1敗で乗り切り、またしてもヤクルトとの3連戦。この時点で6.5ゲーム差あったが、初戦を戸叶で、2戦目は三浦の完投で勝ち4.5差。今年のヤスアキの如く登板過多状態にある佐々木も休ませることができた。3戦目は満を持して登板した佐々木が月間10セーブ目を挙げ、ついに3.5ゲーム差。“横浜、そして大洋ファンの怒号のような歓声が、敵地・神宮を占拠した。首位決戦3連戦3連勝。3.5差。ついに見えた。ヤクルトの背中だけではない。37年ぶりの優勝が、ハッキリと見えた”。サンスポの記事は熱を帯び、東証のマルハ株は急上昇する。それまで1試合平均2万人程度だった神宮のヤクルト-横浜戦に、この3連戦で11万2千人。もう信じるしかない。見たことのない景色を見たい。ファンは大挙して神宮に押し寄せた。