おいおい、そんなに早足で大丈夫かい、と後ろから見ていて心配になった。横に這った杉の根っこをうまく利用して作られた結構急な山道を、編集者Tは平地を大股で歩くように登っていく。前日、池袋の山道具専門店で購入したという茶色の登山靴が光っている。私のリュックは歩くたびに背中で音を立てる。クマよけの鈴がついているのだ。(全2回の1回目/#2へ続く)

 われわれが目指すのは、かつて峰という集落があった跡だ。1972(昭和47)年に最後の住民が下山し“廃村”になったと資料にある。住所は東京都奥多摩町。

「峰」に向かうには山道をひたすら登っていくしかない

 東京の多摩西部、いつの間にか東京アドベンチャーラインという愛称がついた青梅線の終点、「奥多摩駅」から2駅だけ東京寄りの「鳩ノ巣駅」を降りたのが、つい10分ほど前のことだ。駅を出て踏切を渡るとすぐに急坂となる。あまりに傾斜がきついため、日常の移動を楽にしようと、私設の電動小型トロッコを備えた住宅を横目に見て、なおも急坂を上がっていくと、未舗装の山道に入った。それがつい5分ほど前のことだ。

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旅の始まり、鳩ノ巣駅のホーム
踏切を渡るとすぐに急坂になる

標高600メートルの山中にある奥多摩の廃村へ

 地図によれば、駅を降り、棚澤という集落を抜け、標高1363メートルの川苔山(かわのりやま、川乗山)という奥多摩の名峰に向かう登山道を50分ほど登る。そこから登山道とは別の道を10分ほど進んだ場所に峰集落跡はあり、その標高は約600メートル。鳩ノ巣駅の標高が306メートルだから、300メートルほど高度を稼がなければならない。

ひたすらこのような山道が続く

「ちょっと休みましょうか」

 前を行くTが、登山道が右に少しカーブするところで、歩を止めた。登り始めてから30分ほど。時刻は午前10時半を廻り、天気は曇り。予報では雨の心配はない。噴き出した汗を拭い、ペットボトルの水を飲んだ。辺りには深閑とした杉林が広がる。ここまで誰も、われわれとすれ違う人はいなかった。

辺りには深閑とした杉林が広がる