筑波大学附属駒場中学校・高等学校、通称「筑駒(ツクコマ)」は、全校生徒の約6〜7割が毎年東大に合格するという、日本屈指のエリート校だ。だが、同校の卒業生である森林原人は、軒並み東大へと進学した同級生たちを横目に、19歳でAV男優としてデビュー。以後20年以上に及ぶキャリアの中で、約1万人の女優と絡んできた。

 中学受験では麻布、栄光、筑駒、ラ・サールの全てに合格し、「全能感」を覚えたという森林。筑駒に入学して間もなく、彼は「異常に頭のいい」同級生たちの存在に衝撃を受けながらも、教室の中でしっかりと自身の居場所を見つけた。そんな森林は、なぜ“敷かれたレール”を飛び出し、AVの世界へと飛び込むことになったのか?(全3回の2回目/#3に続く

 

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 この取材の場に、森林は1枚の絵を持参していた。「高2の3学期に、美術で描いた絵です。当時、先生にもけっこう褒められたんですよ」

『僕を導くものは時代・夢・愛?』と題されたその絵には、鬱蒼とした草原の真ん中に佇む子羊が描かれている。河岸の顔を見せない女性と赤い糸で結ばれ、天使と、枯木の陰からは悪魔も覗く。子羊はレールとは逆の方角を向いて涙を流している。その視線の先にあるバラの花は、あるものは咲き、あるものは蕾さえなく、だが共通して無数の毒々しい棘を見せる。一面の明るい花が穏やかに咲く向こう岸へと渡された橋は、折れて水に浸かっている。

高校2年生の3学期に美術で描いた絵(本人提供)

卒業が迫るにつれて焦り始めた

 勉強では同級生たちにどうしたってかなわない。だけど、エロの話なら誰にも負けない。そんな持ち前の明るさで筑駒に居場所を見つけ、中高と水泳部に所属し、楽しく日常を送っていた森林も、卒業が迫るにつれて焦り、悩み始めた。

「筑駒の中では友達も多かったんですよ」。人気者の森林にとって、筑駒最大のイベント、文化祭は最高に活躍できる舞台だった。筑駒では受験を控えた高3生が、クラスの垣根を越えて文化祭特別班を組織する、という伝統がある。なかでも花形と言える、ステージイベントを企画運営する「ステージ班」の班長に指名された森林は、筑駒名物の女装ミスコン「ミス駒場」にも自ら女装して司会するなど、主役級の活躍を見せた。「それでも、モテないっていうのが、自分の中に突き刺さってくるんですよね」

 

 小学1年生のとき、森林はクラスの女子全員からバレンタインのチョコを貰ったという。それならばと、2年生のときは大きな袋を持って学校へ行くと、今度は2、3個しかもらえなかったと笑う。「でも、自分の好きな子からは毎年もらえていたんです。6年間ずっと同じ子が好きで。明るくて、学級委員をやるようなタイプです。だから中高と、彼女が出来なくても、自分の良さに気付いてくれる人が絶対現れるんだ、っていう確信はなくならなかったですね」

社会に飛び出したとき、自分には何があるのか?

 他校の文化祭に行っては女子に声をかけ、筑駒の文化祭にやってきた女子を見つけてはまた声をかける。聖心女子学院の子とグループ交際をしたり、「僕たちは東大生」と偽って桐朋女子の子と“合コン”したり……。それはそれで楽しかったものの、森林は一向にモテなかったという。

「顔のいいやつはその場でお持ち帰りとかしていて、本当にこんなことがあるんだ……と。でも、主催したのは俺なのに、って。そんなことが続くうちに、もしかして自分は気持ち悪いんじゃないかって、そういうコンプレックスにどんどん向かっていったんです」。筑駒生であることで得られる「自分は特別だ」という自己肯定感と、「自分は気持ち悪いんだ」という自己否定が渦を巻いた。「それが多分、この絵なんです」