誰でも一度はやったことのある“グー”を使ったポーズは何でしょう――。ある日の朝、休校が明けて今か今かと午後登校を待つ小学3年生の息子にクイズを出すと、ミートボールを頬張りながら即答された。「そんなん簡単や! ガッツポーズ!」。我が子のどや顔がすごい……。そう言えばその前日、自宅近くで「ツマグロヒョウモン」という聞いたことのない蝶の蛹を見つけ、渾身のガッツポーズを決めていたのを思い出した。自分には不気味でしかない真っ黒な蛹でも力強く握りしめた「グー」を見て9歳の表現した喜びと興奮だけは確かに伝わってきた。
食べたり、笑ったりするのと同じぐらい、人は自然にその動作を繰り出す。ガッツポーズは、溢れるポジティブな感情を表現し、周りに伝えることのできる最強の“ツール”と言えるのかもしれない。前置きが長くなってしまったが、そんな原始的な仕草で新たなチーム像を作り上げようとしているのが矢野燿大率いる阪神タイガース。
“矢野ガッツ”に込められた思いとは
51歳の指揮官は就任以来、プロとして「誰かを喜ばせる」ことをブレないチーム方針に据えて自ら感情を露わにする「矢野ガッツ」を随所……いや連日発動して選手にも浸透させてきた。今では、ヒットを打てば塁上でベンチに向かってポーズを決めるのが虎の“文化”。今年は「日本一になって、V旅行でハワイ」という“予祝”を込め、親指と小指を立てた「アロハポーズ」に進化を遂げた。
海の向こうでは、ホームランを打った際の過剰な感情表現は相手投手への侮辱と見なされ、その後、報復死球を受けることもある。“矢野ガッツ”にも当初、「プロとして……」と強い抵抗感を示す人たちも少なからずいた。点差が開いても、ヒット1本で喜ぶ姿に眉をひそめる評論家のコメントも目にしたし、タイガースの選手も他球団の選手から「あのガッツポーズはどうなん?」と苦笑いされたこともあったという。結果が全てのプロの世界で「楽しむ」という難題。それでも、指揮官は、最後まで振り上げた拳を下ろすことはなかった。
「俺はもう楽しむって決めてるから。俺が一番楽しまんと、選手は楽しまれへん。うれしい時は思い切り喜ぶし、悔しい時は悔しくなるし。俺はそういうタイプのやり方。じっとして微動だにしない監督さんもいれば、いろんなタイプがいていいと思うし別に俺は俺のやり方でチームを前に向かせていきたい。どうせしんどい、勝っても負けても。それやったら、楽しもうっていうのが俺のガッツポーズにつながっているというのを、ファンの方が喜んでくれるのであれば、うれしい」