札幌市中央区で小さな古本屋ビーバーズブックスを営んでいるビーバー池田と申します。どうぞよろしくお願いします。どういう経緯か、1月、えのきど監督に来店していただき、スカウトされて、文春野球にコラムを書くことになりました。監督には「思い切って行け」と背中を押してもらいました。つまずきそうになりながら、いざデビュー戦へ。

 8月18日楽天戦、中田翔選手が18号ホームランを放ち勝利に貢献。「相手が苦手にしている弓削投手だから相当苦戦するかも」と思っていました。結果はいい形で弓削相手に初勝利。これも中田のおかげ。試合前から弱気になっていてごめんなさい。

 1回裏1死、ランナーは同点タイムリーの近藤が二塁ベース上でした。プレーボールからたった4球で1点先制され、この試合どうなってしまうのかと思いましたが、その裏すぐに、近藤タイムリーで追いついたときは夢みたいでした。でも、ホントに夢みたいなのはその後です。中田翔が弓削の3球目をすくい上げてレフトスタンドに叩き込んだ。ゆ、ゆ、夢です。いや、げ、現実です。チームはイケイケの状態になり、そのまま打者一巡。

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 中田選手、あのとき打席に入る前に、早まって同点で「夢みたい」と思ってすいませんでした。

 中田選手には他にも謝罪したいことがいくつもあるんですよ。この場をお借りして少し述べさせていただきます。どうぞお付き合い下さい。

中田翔 ©時事通信社

僕のなかで変わっていた中田翔の見え方

 8月9日、野球の日。対西武6連戦の最終戦です。2-1の1点差ゲーム。決勝打を放ちお立ち台に上ったヒーローはもちろん中田翔選手。第3子で長男の愛息・力翔くんの1歳の誕生日を飾る活躍を「僕個人的にもそうですし、家族にとっても特別な一日になったんじゃないかなと思います」と喜びました。

「人が頑張れる時って、自分のことよりも人のためなんだなって」

 試合後に栗山監督がそんな談話を寄せたのが印象的でした。いかつい風貌だけれどユニフォームを脱げば人一倍家族との時間を大切にする子煩悩な男。家族思いの中田翔。いつの間にか中田の見え方が自分のなかで変化してるなと思ったんです。

 あ、思い出した本があります。

 ちょっと待ってくださいね。あれは確か……、あぁ、この棚にありました。

 山際淳司の『彼らの夏、ぼくらの声』(角川文庫)。山際さんはスポーツノンフィクションの新時代を連れてきた人です。文藝春秋『Number』創刊準備号に掲載された『江夏の21球』はあまりにも有名ですね。『彼らの夏、ぼくらの声』も傑作揃いで、そのなかに『ぼくと十一人のルーキーたち』という作品があります。

 18歳の頃の清原和博氏がこんな発言をしていたのを思い出しました。

「皆、家庭があったり、守るべきものがある。そういう人たちが必死になって野球をしているのがプロの世界なんですよ、おれ、大丈夫かと思いましたね、負けるんちゃうかって」(山際淳司『彼らの夏、ぼくらの声』収録『ぼくと十一人のルーキーたち』より)。

 物怖じしないと言われた超高校級ルーキー、清原が怯みそうになった「プロ野球」という世界。それは生活をかけた職業でもあります。守るべき自分の家族のために、チームとその家族たちのため、そしてファンのために。今日やられても明日やり返す、沢山のものを背負いながら毎日必死で勝負する。

 だからこそ見ているほうも人生を重ね、そこにドラマを観るのですね(と言いながら文庫本を棚にしまう)。

 中田翔の見え方。それが僕のなかで変わっていました。ずっと中田はヤンチャの側、守るべきものを持たない側、大人たちの投げる球をしばく側にいるような気がしていました。気がつくと彼は18歳の清原を怯ませた「プロ」の真ん中にいる。

 守るべきもの。

 中田はコワモテなんだけれど、仲間思いでもあります。毎年の交流戦時期、広島の中田家で若手選手を引き連れて親睦会を開いているのは有名な話。後輩からイジられて嬉しそうにしている様子もよく見かけるし、実際に面倒見も良いらしいです。後輩へのプレゼントの話もよく聞きますね。

 試合中も仲間を大事にする発言が目立ちますね。タイムリーヒットやホームランの際の談話も「もっと楽に投げさせてやりたい」「投手が頑張ってるのでもっと点を獲ってあげたい」など、常に投手への気遣いに満ちています。