日本シリーズ第4戦、5回表のことだ。スコアは4対1、ホークスのマウンドには2番手松本裕樹がいる。迎える巨人の先頭打者は9番増田大輝。最初バントの構えから引いてストライク。増田は揺さぶりをかける。それが奏功したのか、松本の投球は2球続けて高く抜け、次は低く引っかかった。カウント3-1。場内から拍手が起きる。

 次が高めのストライクで、3-2のフルカウントになったとき、フジテレビのゲスト解説、マエケンこと前田健太さん(ミネソタ・ツインズ)がこんな話をした。

 マエケン「ソフトバンクのファンの人が、カウントが悪くなったら拍手をくれるんですよね、ピッチャーに。すごいピッチャーとしては勇気をもらえるというか。雰囲気が悪くなりそうなところをファンの人が声援してくれると、すごくね、気持ちよく投げられるんです」

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 その間に増田は投ゴロアウト。実況の中村光宏アナが話を受けて、そこに解説者・立浪和義氏がかぶせてくる。

中村アナ「今年は大きな声を出して応援することができません。その分、手拍子、拍手……」

立浪「これ、いつからでしょうかね。えーと何年か前ぐらいからですね。前はフルカウントとか3ボールになるとけっこう拍手いただいてたんですよ。それが今は2ボールとか、ピッチャーが不利なカウントになると、特にこの今、声が出せないなかで、コロナ禍のなかで、拍手がいつの間にか自然発生してきたような感じになりましたね」

マエケン「これ、すごくいい雰囲気ですよね、球場が」

立浪「何かあったかい。頑張んなきゃって」

マエケン「すごくあったかいです、いいです」

 僕はテレビにお礼を言っていた。ありがとう。「カウント不利応援拍手」が球史に刻まれた。コロナ禍の「特別なシーズン」を席巻し、プロ野球いちばんの大舞台、日本シリーズのテレビ中継で大リーガーから絶賛された。

江尻慎太郎が受けていた「3ボール応援拍手」

  僕の知るかぎり「3ボール応援拍手」「カウント不利応援拍手」は札幌ドーム発祥だ。2004年、ファイターズの北海道移転元年、散発的にそれが起きたのを覚えている。投げていたのは江尻慎太郎だった。ランナーを置いた場面でストライクが入らず3ボールにしてしまった。と、あたりから拍手が出た。意外だったので振り返ると、その1人は50代くらいの女性だった。ファイターズファンだ。

江尻慎太郎 ©文藝春秋

 ちょっと違和感があった。(当時の)僕の感覚では3ボールになったとき、拍手するのは攻撃してる側のファンだ。例えばの話、野茂英雄がマウンドにいると考えてみよう。90年代近鉄の大エース。えげつない剛球とフォークを持っている。ファイターズ打線はちょっと打てない。打つより四球押し出しを期待したほうが確率が高い気がする。いや、冗談でなく、プレーボールがかかって三者連続ストレートの四球で満塁、そこから三者連続三振でチェンジなんてことがあった。野茂はそういうピッチャーだった。

 だから野茂が頭の高さにすっぽ抜けて3ボールナッシングだとする。ここで拍手をするイメージだ。ノーコンいいぞー。ちょっと意地が悪いというのか、ピッチャーに心理的な圧を加えようというフシがある。へいへーい、ピッチャーびびってるぞー。

 もちろん、野茂はぜんぜんびびってなんかいないのだが、そういう設定で気勢を上げるのだ。だから90年代(まで?)の感覚では「3ボールの拍手」はからかいや挑発の色合いがあった。

 ところが江尻慎太郎はまったく別の種類の拍手を浴びていた。驚いた。激励の優しい拍手なのだ。3ボールになっちゃったからピンチだねー、でも、ここからがんばれー、という拍手。そうかーと思った。県民性(道民性?)の違いだ。温和しくて優しいのだ。「地元球団が初めてで応援に不慣れ」と切って捨てることもできるけど、否定したくなかった。これはこれで強いと思う。インパクトがある。