みなさんは「ボディポジティブ」という概念はご存知でしょうか。体型にも多様性を取り入れ、自分のあるがままの身体を愛そうというムーブメントです。太っているあるいは痩せている、背が低いあるいは高い、体毛があるもしくはない、傷跡がある、そうした個々の身体の違いをあるがままの個性として尊重することで世界はきっと前向きになるという、人間の新しい前進です。

 野球界にもそんな「ボディポジティブ」の概念を広め、推進している球団があります。ご存知、埼玉西武ライオンズです。

 近年の埼玉西武ライオンズは古くて遅れているものの象徴のように語られてきました。心ないインターネットでは本拠地メットライフドームを「隙間風吹く山小屋」だの「破れたバブルの夢の跡」だの「夏は暖房、冬は冷房完備でエアコンいらず」だのと揶揄されてきました。その結果、球団全体のイメージが昼でも日陰のメットライフドームよろしく薄暗いものとなっていました。虫や鳥はイキイキしているが選手はすぐに出ていく、そんな居心地の悪い場所として。

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 その結果、埼玉西武ライオンズが誇る強力打線にも「山賊打線」というあだ名がつきました。これはかつての太平洋クラブライオンズの応援歌の歌詞に由来するあだ名ですが、やはりシックリきたのだろうと思います。山小屋に住んでいる荒くれ者というイメージが、そのあだ名に納得を与えたのです。巨人やソフトバンクの打線がどれだけ打とうが山賊だの相撲部屋だのオークの群れだのとは呼ばれませんが、埼玉西武ライオンズの打線は「山に住んでいる生き物でなるべく野蛮なもの」で例えるべきだ、そういう思い込みが世間にあったのです。

 しかし、令和3年、そのイメージは一変しました。

 埼玉西武ライオンズは長年の宿願であった球場改修(※リノベーション/建て替えではない)を成し遂げ、「秩父山中の山小屋に巣食う山賊」というイメージを払拭したのです。すると、これまで無意識に山前提で捉えていた球団・選手のイメージも一変しました。手桶でどぶろくをあおり獣肉を骨まで残さず喰らう山賊から、一周まわって最先端の「ボディポジティブ集団」へと!

1軍デビュー戦で第1号を放った昨年のドラ1・渡部健人。おぉ、ボディポジティブ新人!

令和3年、イメージを一新した埼玉西武ライオンズ

 すでに見聞きした方も多いでしょうが、改めて一新されたメットライフドーム周辺をご紹介します。キモとなるのは視線と囲い込みです。この改修で地域全体を変えることはもちろんできませんが(※コンビニを2軒に増やすことは現実として難しい/西武グループは自前でトモニーを作るべき)、洗練された球場エリアにいち早くお客様を誘導することで「新しくてキレイなところだけ」を見てもらうことは可能です。

 最寄の西武球場前駅を降り立つとまず目に飛び込むのは、ミレーの落穂拾いのようなポーズで一定の場所を時計回りでグルグル周回する人の列です。「何らかの宗教的な儀式だろうか……?」と訝しみながら近づけば、彼らの足元には1万個限定で募集して5000個ほどの応募があったとされる「刻印レンガ」が敷設されています。買った本人にもどの位置に敷設したか教えてくれないという宝探し要素を残したそれは、来場者の多くを引きつけ、レンガサークルの上を何周もグルグルさせています。

巡礼者の列のよう。
著名人のレンガがところどころに敷設されているので、ついつい夢中で探してしまう。04567番はオードリー春日俊彰さんのレンガ。

 ガッチリと視線を地面にキープしたのち、「もう有名人のレンガ探すの疲れたよ……」「7個連続で並んでいるエルネスト・メヒアのレンガしか見つからない……」「あさりど堀口さんは有名人じゃないってことでいいや……」と視線と音をあげた巡礼者の前には、今季より新たに誕生したメインゲートが現れます。これまでは球場ギリギリに入場ゲートを設け、手前の広場に屋台を出していたわけですが、ゲート自体をグググッと手前にもってきました。楽しいものは全部その奥にある構造なので、レンガ探しで疲れた巡礼者はふらふら~っとゲートをくぐってしまいます。

 ハイ、きた。ハイ、入った。一旦このゲートをくぐれば、もう外に出ることは叶いません。外に出て散歩でもされるといろんなモノ(※墓場とかラブホとか/モノがないことも含めて)が目に入ってしまいますが、球場エリアに入れてしまえば、そこだけ限定的に新しくしておくことで「全体的に新しくてキレイでオシャレ」という演出をすることは可能なのです。このアイディアには「やられた!」と思いました。さすが旧選手寮の塀にトゲトゲを植えていた球団です。侵入者を防ぐのではなく、外に出さずに囲い込むために新たな門を設置してくるとは。まさしくこれはライオンズホイホイ!

一旦メインゲートをくぐればもう外に出ることはできない。

球場エリアは横浜スタジアム周辺にも匹敵するオシャレ空間

「これが地上の楽園というヤツか……」などと思いながら歩き回る球場エリアは、ここだけならば横浜スタジアム周辺にも匹敵するオシャレ空間。なんということでしょう、以前は芝生を偽装するように緑色のペンキで塗られていた球場エリアの床面全体が新たに茶色に塗り直されています。「緑のなかに緑があって全部山に見える」構造から、「最上級のレンガの家(※三匹の子豚的格付け)」というモダンな空間にイメージを塗り替えてきました。

 広々として気持ちいい空間には、子ども向けの大型遊具施設や、ホンモノの電車、フードコート風にリニューアルされた売店など、真新しくて楽しい施設が満載。「ようやく現代の子どもたちは虫取りや丸太切断では遊ばないことに気づいてくれたか」と目を細めずにはいられません。球場外周のコンコース(って呼ぶとオシャレですよね)を使って一塁側と三塁側を自由に行き来しながら遊べば、それだけでもワクワクしてきます。

 自慢のスタジアムグルメでもイメージの一新は顕著です。売店自体をキレイにしたこともそうですが、山賊イメージとは対極にある「ヴィーガン」食の売店が新設されました。球団OBの米野智人さんがオーナーをつとめる「バックヤードブッチャーズ」は「野球観戦=油もの」という不健康イメージを打ち消すように、植物性原材料で作ったヴィーガン仕様のヘルシー食を提供する戦略的売店です。

 それは「OBのよしみでメットライフドームで商売させてやっている」なんてことではなく、「OBの縁を頼ってメットライフドームに出店していただいている」と捉えるべきもの。横浜スタジアムにスペシャルティコーヒーがあるなら、メットライフドームにはヴィーガン食がある。「え? まだ動物性唐揚げ食べてるの?」「その排油でバスでも走らせたほうがよくない?」てなもんで、ファン層まで「山賊」から「山ガール」に変わってしまいそうな大転換です。

開放的でモダンな雰囲気となった球場エリア。
ヴィーガン食を提供する「バックヤードブッチャーズ」。
場内の座席も脱・プラスチックで快適なソファー中心に。
ホテルのようなラウンジでゴージャスなパーティーはいかが?