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僕は、この投げ方で投げたい

 2年時に甲子園で最速142キロを計測したスピードは、3年生になって149キロまで上がった。宮崎県選抜では小園海斗(現広島)、藤原恭大(現ロッテ)、根尾昂(現中日)と、のちにドラフト1位でプロに進む高校代表を相手に5回1/3を投げて9奪三振をマークしている。2018年のドラフト会議前には、10球団から調査書が届いた。

 だが、ドラフト会議当日に戸郷の名前はなかなか呼ばれなかった。終盤の6巡目に入ってようやく、巨人が戸郷を指名した。巨人にとっては本会議で最後の指名。育成ドラフトでの指名は辞退する意向を示していただけに、もし指名漏れだったら戸郷は現在、大学3年生だったことになる。

 戸郷が6位指名まで残っていた理由もまた、その変則投法にあったに違いない。オリジナリティーの高いフォームの選手が成功できなかった時に、スカウト陣は「なんであんな選手を獲ったんだ」と責任を追及されてしまう。

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 一方、戸郷は自身の入団時の経緯について、こう語っていた。

「ドラフト1位で入って注目される選手と、ドラフト6位という下位指名で注目されずに入ってくる選手とでは気持ちも違います。やっぱり『やってやるぞ』という気持ちは、育成選手を含めて一番強いんじゃないかなと思います。だから、僕は6位でよかったんじゃないかなと」

 下位指名の高校生がたった2年でチームに欠かせない先発投手になるのだから、ドラフトはわからない。プロ2年目の昨季は9勝、今季はここまで8勝を挙げている。

 よかれと思い、戸郷の大きなテークバックを矯正しようとした指導者もいたという。だが、助言を取り入れても、すぐに元の投げ方に戻ったそうだ。そのエピソードを教えてくれた戸郷の言葉は、私の胸にズシリと響いた。

「僕は『この投げ方で投げたい』というのを貫き通して、今ここまできました」

 人はみな、「こう生きたい」という理想を持っている。もしくは、持っていたはずだ。厳しい現実に理想を打ち砕かれ、世をはかなむ人もいるだろう。

 周囲の雑音に動じない自分を手に入れたい。好きなものを好きと胸を張って言いたい。たとえ第三者に理解されにくくても、それが自分らしい生き方だと貫きたい。

 私が戸郷翔征という21歳の若武者に憧れる理由も、そこにある。

 投手がボールを投げなければ、野球は始まらない。投じられたボールに対応しなければならない打者が受動的なのに対して、投手は主体的な存在だ。だから自分の投げたいように投げられる。

 それでも実際は、球速、コントロール、変化球といった要因を求めて似通ったフォームに落ち着いていく。そんななか、唯一無二の投げ方を貫き、さらに結果を残す戸郷翔征という野球人の強靭な生命力には驚くしかない。

 戸郷がマウンドに立つたびに、私は勝手に勇気づけられている。その独特なひと振り、ひと振りが「自分らしく生きればいいんだ」と語っているような気がする。

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