文春オンライン
文春野球コラム

攝津正投手が僕のことを…“売れてない芸人”が振り返る、ホークス衝撃の瞬間

文春野球コラム ペナントレース2022

note

 文春野球を読んでくださってる皆様、初めまして。浅井企画で芸人をやっていますスパローズの森田と言います。

 今回、僕みたいな売れてない芸人にソフトバンクホークスのコラムを書いて欲しいと文春野球から依頼をいただき正直不安でいっぱいです。

 なぜなら読んでいただいている皆様は絶対に僕の事を知らないはずだからです。絶対と言いきれるほど売れてないです。

ADVERTISEMENT

 なので、まずは少し自己紹介を。出身は福岡県。今は浅井企画という事務所ですが元々は福岡吉本でお笑いを始めました。福岡吉本時代の先輩は博多華丸・大吉さんです。今でも華丸さんとはホークスの試合を観に一緒に球場に行かせてもらってます。芸歴は4月から28年目に突入しました。

 そうです、長い間売れてないお笑い芸人です。

筆者・スパローズ森田

 どのくらい売れてないか。

 28年前のホークスの開幕オーダーが「1番サード松永、2番ショート浜名、3番センター秋山、4番レフトミッチェル、5番ライトライマー、6番DHカズ山本、7番キャッチャー吉永、8番セカンド小久保、9番ファースト藤本」(敬称略)でした。

 9番ファースト藤本博史さん! 今年からホークスの新監督に就任した藤本監督が現役の時から芸人をやってます。こうやって改めて見ると自分でもちょっとひきます(涙)。そして、ホークスファンなら絶対に記憶に残っている助っ人外国人のケビン・ミッチェルがいた年です。

 鳴り物入りで入団して、初打席で満塁ホームランを打ち、ファンをめちゃくちゃ期待させておきながら結局37試合しか出なかった、あのミッチェルです。推定年俸4億円と言われた、あのミッチェルです。すいません、熱くなって途中からミッチェルの紹介になってしまいました。とにかく僕が言いたい事はそれくらいの長い間売れてない芸人だと言うことです。

城島健司選手と一緒に…信じられないオファー

 そんな僕のホークスとの出会いは33年前、まだ12歳の時でした。当時、球団がなかった福岡に10年ぶりにプロ野球チームが本拠地を構えることになり、街が凄く盛り上がったのを今でも覚えてます。

 僕も父親に連れられてホークスの練習を観に行ったりしました。試合はもちろんですが、練習です。それまで全然野球に興味がなかった父親です。それが子供を連れて練習を観に行ったりするくらい、福岡の人間は喜んでいたんだと思います。だけど12歳だった僕の当時の記憶は、選手よりヘルメットの鷹の目のデザイン凄いなぁでした。たぶんあのヘルメットより派手なヘルメットは今後も出てこないと思います。

 そもそもホークスが福岡に来た1989年の僕はサッカー少年だったため、父親のように興奮することはありませんでした。

 転機は1995年。福岡吉本に入って華丸さんと仲良くさせてもらうようになったことで、一気にホークスにのめり込みました。毎日のように華丸さんと一緒にいて、ホークスの試合結果に一喜一憂。今風で言うところの「ホークス沼」にどんどんはまって行く僕。すると20歳の頃、考えられない仕事が入って来たのです。

 僕らスパローズに地元福岡の雑誌から「今後の活躍を期待する新成人」の特集に出てくださいとオファーが来たのです。1ページ丸々スパローズで! これだけ聞くとそんな凄い事か?と思うかもしれませんが、なんともう1人「新成人」で特集されてたのがあの城島健司選手だったのです。雑誌を開いてスパローズと城島健司さんが横並びに! 今では絶対にあり得ないことです。

 25年の間にかなり差をつけられましたが、今でも僕の自慢です。

 その後、東京に出てからも、観に行ける時は球場に足を運ばせてもらってます。

文春野球学校開講!