メニュー表に記載されていた「2ストライクアプローチ」とは
ちょっと大袈裟な言い方をすれば、今年のホークス野球には革命が起きているように感じる。
ホークスを長く取材しているが、こんな粘っこい野球を見たことがなかった。ホークスの打者の特徴といえば好球必打の早仕掛け。確かにデータ上、早いカウントから打つ方が打者有利となる。ただ、アウトになれば淡泊にも映る。諸刃の剣なところがあるのだが、それでもホークスは多くの勝利を収めてきたのだから、これまでの考え方が間違っていたとは思わない。
だがしかし、藤本博史監督はチームに変化を求めた。粘っこいホークスへの変貌は昨年の秋に、藤本監督が就任してからすぐに始まっていたのだ。
革命記念日などと言うとこれまた大袈裟な表現になってしまうが、挙げるとすれば昨年11月16日がそれに当たるだろう。
宮崎秋季キャンプの第3クール最終日。午後の野手の練習メニュー表に「2ストライクアプローチ」という見慣れない文字が記載されていた。シート打撃で打者は2ストライクと追い込まれた状況からスタートする練習だった。
藤本監督はこの日の練習後、報道陣の前で珍しく嘆いた。
「今日の練習はバツです。選手にもみんなに言いました。もっと自分が打ちにいってファウルできないと。当てに行ってファウルなんかいらないですよ。そんなん絶対、試合になったら150キロを当てに行ってファウルなんてできないです。空振りしてしまいますよ。栗原(陵矢)も空振りしましたけど、当てに行くから空振りするんですよ。打ちにいったらファウルできる。なぜかというと、距離が取れないから。それはただの練習にしかならない。しっかり自分の距離を取ってやらないと。今日のは全くダメです」
コワモテだけど物腰柔らかい藤本監督がここまで不満を口にするのは珍しかった。
「今日は選手へ、あえて何も言わないでやってもらった。みんなファウルすればいいと思ってるから当てに行く。それでは練習になりませんよ、と。試合では絶対空振りします。しっかり振って、ファウルできて、甘い球を仕留められる。結果、ヒットを打つためにはもっとスイングしないとダメやし、そこでファウルできる技術を身に付けてくれということです。それが、今年1年間(2021年)見ている中ではできてなかった。長谷川(勇也・一軍打撃コーチ)も選手側でおったわけで、『その通りです』と言ってたので。じゃあそこの技術を上げていこうよ、と。そうなったら1点でも多く取っていけるはずやからということですね。そういう練習です。これからもどんどん入れていきますよ」
秋季キャンプで2ストライクアプローチは実際に“追試”が行われた。年が明けて今年2月の春季キャンプでもその意識はチームへ落とし込まれていた。
監督が指針を示して求めるものを明確にすれば、選手たちはそれに応えようとする。特に新しい監督だからその傾向は強い。その周到な準備が実を結んだ黄金週間の大型連勝だったのだ。
シーズンはまだ序盤。今後もホークス野球がどのように成熟していくか楽しみだが、昨年の秋季キャンプではもう一つ“奇策”を練習していた。
ノーアウト一、三塁での重盗を想定。これは一般的に行う練習だが、その日は投手の一塁牽制の間に三塁ランナーが本塁を陥れる練習も繰り返した。藤本監督は「レアなケースだけど、隙あらばどんな形でも1点を取る。野手コーチが考えてくれました」と話した。これに似たプレーが昨年秋のフェニックス・リーグで実際にあった。三塁走者だった佐藤直樹が、投手の二塁牽制の間に本塁を突いた。「左投手の逆回りの牽制だった。佐藤直は間一髪アウトだったけど、セーフでもおかしくないほど際どかったからね」と藤本監督。
これを提案した本多雄一・一軍内野守備走塁コーチは「自分が現役時代も含めて、キャンプの練習でやったことはない」とレア中のレアであるとしたが、「相手チームに、こういう作戦もあるんだと警戒させるのも大切ですし、策を閉じ込めて使わないままでは意味はない」と話していた。いつ、どこかの試合でアッと驚く“神走塁”が飛び出すかもしれないと思うと、観ている我々も気を抜いてはいられなそうだ。
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