約1年前、53歳にして痔を患ってしまった。椅子に座って仕事をしている時間が長い、ライター稼業の影響もあるのかもしれないが、亡き父と祖父も生前は痔に悩まされていた。「自分もこの病と無縁のまま人生を終えることはできないだろうな」と半ば覚悟していたが、その日はやはりやってきた。
痔と付き合うようになると温水洗浄便座のありがたみが身に染みる。1980年に発売され、TOTOの商標である「ウォシュレット」と呼ばれることの多い温水洗浄便座。今や一般家庭での国内普及率は8割を超えた。高速道路のサービスエリアやコンビニエンスストアでも、温水洗浄便座が当たり前のように備わっている。この時代に痔持ちになった幸福を噛みしめずにはいられない。
ジャイアンツ戦士と温水洗浄便座
しかし、海外における温水洗浄便座の普及率はいまだに低い。アメリカでもあまり見かけることはなく、その存在すら知らない人も多いと聞く。2005年、来日した歌手のマドンナは「ウォシュレットに会いに来たわ」と語った。当時話題になったこのコメントを聞き、「住むなら日本一択」と心に決めた痔持ちの方は少なくなかったはずだ。
プロ野球界においても時折、「温水洗浄便座」にまつわるニュースが流れる。2016年春、当時日本ハムに在籍していた中田翔はアリゾナキャンプ滞在中、キャンプ地のトイレに温水洗浄便座がないことへの不満を吐露。トイレットペーパー頼りの日々を送るうち、「お尻から血が出てきた」ことを苦悶の表情で明かしニュースになった。翌2017年、1軍アリゾナキャンプに帯同せず、国内調整を選択した理由を「ウォシュレットがないのでお断りしました」と語ったが、100パーセント冗談だったのかは定かでない。
日米通算134勝、128セーブを挙げた上原浩治は巨人時代に痔を手術。以降はトイレ環境に過敏になっていた。2012年オフにレッドソックスへFA移籍した際は「入団はほぼ決めていたけど、本拠地球場であるフェンウェイ・パークのクラブハウス内のトイレにひとつだけ温水洗浄便座がついていたことが最後の決め手だった」とコメント。トイレ環境がチーム選択に多少なりとも影響を及ぼす例を世に知らしめた。
そんな日本が誇る高機能トイレがなぜ日本以外の国で普及しないのか。そんな疑問が湧きあがったが、大きく分けて3つの原因があるようだ。
〈1〉トイレの電源の問題
欧米の一般家庭ではトイレとお風呂が同じ空間にあるユニットバスが主流のため、トイレのそばにコンセントが設置されていない家が大半。水回りで温水洗浄便座用の電源を確保する難しさがある。
〈2〉日本と海外の水質の違い
日本の水道水は硬度が低い軟水だが、海外では硬度が高い硬水が使用されている地域が多い。温水洗浄便座用に使用すると機械内部で石灰分が凝固し、故障の要因になりやすい。
〈3〉盗難の危険性
日本と比較すると、治安が悪い地域が多いため、公共トイレなどに温水洗浄便座を設置すると破損や盗難のリスクが高い。
裏を返せば、世界有数の治安の良さを誇る日本だからこそ、公共の場においてもここまで普及したと言えるのかもしれない。